ラストバージン
日高先生が別れを切り出した理由がわかったのは、彼と院内ですれ違う事すらないまま一週間が過ぎた頃だった。


「……結木さん?」


寝不足のひどい顔で無気力に仕事を終えた私に、一人の女性が声を掛けて来た。
三十代前半くらいだろうかという女性は、見た目にハイブランドだとわかるような上品なジャケットとスカートに身を包み、眉を寄せた顔で私をじっと見つめていた。


「はい、そうですけど……。あの……」


働かない頭で記憶を手繰り寄せ、その女性と面識があるのか考えてみたけれど、こんな服を着るような知り合いはいないはず。


「あの……何でしょうか?」


どう見ても、小児科に入院している子どもの親には見えない女性に戸惑っていると、彼女は鋭い目付きで口を開いた。


「私、日高の妻です」

「え?」


(日高……?)


〝日高〟という名前に浮かんだ男性は、ただ一人。
だけど……女性の言葉と繋がらない位置にいる日高先生の事じゃないはずだと、すぐに別の人だろうと思い直す。


引き続き思い当たる人がいないかと考えながら曖昧な笑みを浮かべた私に、彼女はまるで忌ま忌ましいものでも見るかのように顔を歪め、勢いよく右手を振り上げた。

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