ラストバージン
『もしもし、葵? 久しぶり』


明るい声に涸れていたはずの涙が込み上げ、胸の奥がじわじわと苦しみを訴え始めた。


『……葵?』


返事をしない私を怪訝に思ったのか、恭子の声が様子を窺っている。


「恭子……っ……」


ようやく漏れた声はあまりにも情けないもので、どうにかして言葉を紡ごうとするのにそれ以上は何も言えなかった。


『どうしたの?』


声に心配の色が混じった恭子は、外にいるようだった。
大通りを歩いているのか、時折クラクションの音が聞こえて来る。


『……葵、今どこにいるの?』

「家……」


単語だけで答えると、恭子はすぐに『そっか』と独り言のように呟いた。


『あのね、実は私、葵の家の近くにいるんだけど、今から行ってもいい?』


彼女の言葉に目を小さく見開いたのは、どうして近所にいるのかわからなかったから。


だって、恭子の家も職場もここから二時間は掛かる場所で、今は平日の真昼間。
すぐに、きっと彼女は休暇なのだろうとは思ったけれど、まだ疑問は残っている。


それでも、今はとにかく恭子の申し出に縋り付きたくて涙混じりに「うん」と返事をすれば、それから三十分もしないうちに彼女が訪ねて来た。

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