さみしがりやのホットミルク
「あのな、俺は、家に帰る気ないから。父さんと母さんにも、そう伝え、」

「──わかってないですねぇ、坊っちゃん」



こちらの言葉をさえぎって、にこりと伊月が笑う。

対照的に眉をひそめた俺に、伊月は笑みを崩さないまま、言葉を紡いだ。



「……こちらの手には、坊っちゃんが『帰らない』と言えない理由が、いるんですよ」

「……“いる”?」



そのせりふに引っかかって、思わずオウム返しにつぶやく。


……“いる”。

“ある”じゃなくて、“いる”。



「──まさか……っ」



ほとんど反射的にソファーから腰をあげて、そして目の前の男の胸ぐらを掴んだ。

伊月は眉ひとつ動かさず、むしろどこか楽しそうにも見える表情で、俺のことを眺めている。

俺は沸き起こる怒りを隠そうともせずに、伊月を睨みつけた。



「てめぇ伊月ッ、佳柄に何した?!」

「へぇ、あの女の子、カエさんというんですか。本人自体には興味がないので、今初めて知りました」

「……ッ、」



ぎり、と、胸ぐらを掴みあげる手に力がこもる。

だけどもやはり涼しげな顔で、伊月は続けた。
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