さみしがりやのホットミルク
「……伊月、」



気付けば、運転席の男の名前を、口にしていた。



「なんです、坊っちゃん」

「伊月は、まえに……うちの“シゴト”は多くのものをまもることも、ダメにしてしまうこともできるって、言ってたよな」

「……ええ、そうですね」



ハンドルを持ち、前を見据えたまま、伊月がうなずく。

それを、確認して。俺はまた、自分のひざの上で眠る少女に、視線を落とした。



「……じゃあ、おれは。こういう、よわくてさみしい子を、まもれるようなおとなになりたい」

「………」

「いつか、こういう子をまもれるような、強いおとなになって……それで、“うち”の、強いリーダーになる」



まだ、いつになるか、わからないけど。

それでもいつか、そんなふうに、なれたら。


俺の静かな決意を聞いた伊月は、ふっと、めずらしく笑みをもらした。



「──立派です、坊っちゃん。……その気持ち、後生大事にしてください」



めったに人をほめることがない伊月にそう言われ、俺は得意になって「へへ、」と小さく笑った。

もう1度、女の子の髪をやさしく撫でてから。窓の外の景色に、目を向ける。


……このときは、まだ、理解していなかったのだ。

家業のことも、自分が将来“普通”に生きていくのが、難しいことも。

そして、そのことで──……自分が大事に想う人を、逆に苦しめてしまうかもしれない、ことも。
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