ファインダーの向こう
「あぁ、沙樹さん! やっぱりお越しいただけたんですね」


 背後から自分の名前を呼ばれて振り向くと、スーツを着て眼鏡をかけた温和な感じの男性がにこにこしながら近づいてきた。


「私、先日お電話しました高宮です」


 その姿は、電話での声で想像していた通りの雰囲気の男だった。


「初めまして、お招きいただいてありがとうございます」


「あはは、沙樹さんは覚えてないかもしれませんが、私は沙樹さんとは初対面ではないんですよ」


「え……?」


 高宮は昔、父親が経営していたフォトスタジオの従業員と言っていた。当時、一階がスタジオでニ階が自宅になっていたため、もしかしたらどこかですれ違っていたのかもしれない。


「そちらの方は……」


 高宮が逢坂に気づくと、逢坂は無愛想に会釈をした。


「同じ会社の人で、逢坂さんって言うんです」


 すると、逢坂が氷塊のような冷たく鋭い視線を向けてきた。


「おい、あんまりべらべら喋るな」


「は、はい……すみません」


 沙樹の耳元で低く囁くと、逢坂はそのまま沙樹を置いてどこかへ行ってしまった。


「あ、ちょと―――」


「逢坂、逢坂……う~ん」


 その時、高宮が首をかしげながら何かを思い出そうと考え込んでいた。


「あの人、どっかで見たことがある気がするんですけど……すみません、頼りない記憶で」


「い、いいえ」


「思い出したらご連絡します。よかったら会場内をご案内してさしあげましょうか?」


「……いえ、大丈夫です」


 沙樹は逢坂が消えた方向が気になって、その場から早く立ち去りたくて仕方が無かった。沙樹はぺこりと高宮に頭を下げて逢坂を探しに駆け出したが、すでに人ごみに紛れてしまった逢坂を見つけ出すことはできなかった。



「逢坂って、まさかあの逢坂か……? まさかね」


 高宮は心の中のつぶやきを声に出して、首を傾げながらその場を後にした―――。
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