妖勾伝
「………闇を纏う女。」
その情景を思い浮かべそう呟く神月の片眼は、目の前に立つレンの姿も映す事無く、
まるで其処にぽっかりと口を開く、闇の風穴の様に見える。
ーーー十五年前、
オジキを刺し殺した時に見た、姐サの漆黒に染まる二つの瞳を思い出す。
幼い記憶に漂う影と神月の眼に浮かぶそれが、ゆっくりとレンの中で重なっていった。
「強大なる妖力をかけて、印のかかる念珠岩から俺を出したその女ーーー
その名を、
アヅと名乗った……」
見上げた空は目も眩む様な抜ける蒼さで、息苦しささえ感じる。
ーーー気持ちの悪い、
景色だ…
神月にとっては、五百年ぶりの外の世界。
五百年ぶりに見上げた空からは、神月が好む闇の気配すら感じ取れない。
自身が身動きの取れない五百年の間に、こんなにも世が変わってしまうなんて、思ってもみなかった。
ゆらゆらと風にたなびく木々の間から射す木漏れ日にその顔を訝しめ、光から避けるように躰を捩る。
それでもなお神月を照らす光の群は、嘲笑うかの様にその眩しさを強めた。