妖勾伝
その声に、ゆっくりと振り向く視線の先。

幾つも立ち並ぶ木々の幹に躰を預け、静かに佇む女の姿が神月の眼に入った。




纏う漆黒の衣地。

その女の華奢な躰をすっぽりと覆い隠し、足元でユラリと風に戯れながら翻る。

腰まである長い黒髪に射す木漏れ日が反射して、キラキラと輝いて見えた。



細目見るその表情は何とも云えない淫靡さを含め、醸し出す雰囲気から目を離すのを躊躇う。


まるで甘く滴る水飴に溺れる、蟻子。

吸い尽くしたくなる衝動を抑え、女の姿を舐め見た。






衣地に纏われた色とは対象的な、白い肌。

小さな顔に、はっきりとした大きな瞳が弧を描き、自身を見定める神月に笑み返す。


むしゃぶり付けば、甘く捲れる桃玉の如く零れ付いたその薄紅色の口唇が、不純な下心を擽ってゆく。




整いすぎた顔立ちに深く潜む闇の色が伺いしれ、その事形が更に神月の興味をそそったのだった。




妖艶さを残し、再び女は口を開く。






「あての名は、アヅ……

頼みがあって、
ぬしを此処から出したーーー」







アヅの白く小さな顎でしゃくられた先ーーー

五百年もの間、神月を捕らえていた念珠岩が、無惨にその形を砕かれ口惜しそうに散らばっていたのだった。


< 72 / 149 >

この作品をシェア

pagetop