妖勾伝
その声に、ゆっくりと振り向く視線の先。
幾つも立ち並ぶ木々の幹に躰を預け、静かに佇む女の姿が神月の眼に入った。
纏う漆黒の衣地。
その女の華奢な躰をすっぽりと覆い隠し、足元でユラリと風に戯れながら翻る。
腰まである長い黒髪に射す木漏れ日が反射して、キラキラと輝いて見えた。
細目見るその表情は何とも云えない淫靡さを含め、醸し出す雰囲気から目を離すのを躊躇う。
まるで甘く滴る水飴に溺れる、蟻子。
吸い尽くしたくなる衝動を抑え、女の姿を舐め見た。
衣地に纏われた色とは対象的な、白い肌。
小さな顔に、はっきりとした大きな瞳が弧を描き、自身を見定める神月に笑み返す。
むしゃぶり付けば、甘く捲れる桃玉の如く零れ付いたその薄紅色の口唇が、不純な下心を擽ってゆく。
整いすぎた顔立ちに深く潜む闇の色が伺いしれ、その事形が更に神月の興味をそそったのだった。
妖艶さを残し、再び女は口を開く。
「あての名は、アヅ……
頼みがあって、
ぬしを此処から出したーーー」
アヅの白く小さな顎でしゃくられた先ーーー
五百年もの間、神月を捕らえていた念珠岩が、無惨にその形を砕かれ口惜しそうに散らばっていたのだった。
幾つも立ち並ぶ木々の幹に躰を預け、静かに佇む女の姿が神月の眼に入った。
纏う漆黒の衣地。
その女の華奢な躰をすっぽりと覆い隠し、足元でユラリと風に戯れながら翻る。
腰まである長い黒髪に射す木漏れ日が反射して、キラキラと輝いて見えた。
細目見るその表情は何とも云えない淫靡さを含め、醸し出す雰囲気から目を離すのを躊躇う。
まるで甘く滴る水飴に溺れる、蟻子。
吸い尽くしたくなる衝動を抑え、女の姿を舐め見た。
衣地に纏われた色とは対象的な、白い肌。
小さな顔に、はっきりとした大きな瞳が弧を描き、自身を見定める神月に笑み返す。
むしゃぶり付けば、甘く捲れる桃玉の如く零れ付いたその薄紅色の口唇が、不純な下心を擽ってゆく。
整いすぎた顔立ちに深く潜む闇の色が伺いしれ、その事形が更に神月の興味をそそったのだった。
妖艶さを残し、再び女は口を開く。
「あての名は、アヅ……
頼みがあって、
ぬしを此処から出したーーー」
アヅの白く小さな顎でしゃくられた先ーーー
五百年もの間、神月を捕らえていた念珠岩が、無惨にその形を砕かれ口惜しそうに散らばっていたのだった。