妖勾伝
自嘲気味に口端を持ち上げ、神月は笑う。

他人事の様に冷えきった、光を映さないその片眼。





「この片方の眼も、
その時、
一緒に奪われた……」














突如、
目の前に現れた物怪は、レンの範疇を遥かに超える存在だったーーー




片眼を奪われてもその猛威はとどまる事を知らず、激しさが増すばかり。





逃げ惑う、男や女。

皆一様に、恐怖で顔が歪み、我先に駆けてゆく。

人の形を無くした屍の山が、見る見る間に辺りに散らばり、血生臭い異臭を放っていった。



悲鳴。

喚き。

阿鼻叫喚。


叫び声はけたたましく地を揺るがし、闇の悦に飲み込まれる。

重なり合う恐怖はとどまることを知らず、そこで描かれる絵図は更に広がっていくのだった。








苦痛に顔を歪ませて、うずくまる菰。

燿もその華奢な躰を物怪に囚われ、恐怖と云う名の感情が顔に張り付く。



そして、

その状況をどうする事もできないレンは、ただ地を這い蹲る事しかできない。


右肩には物怪の大きな爪痕が刻まれ、その腕からは止まる事無く朱に染まる血が溢れ出ていた。





強大な闇の大きさに為す術もなく、
薄れゆく視界は、レンに絶望を与えるだけだった。




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