フラグ


俺「電話が話し中になる時って、話し中と受話器上がってる時だけか?」


佐知子「他に話し中になる事あるんかな?」


俺「分からへんな」


佐知子「んー……」


俺「まぁ、今考えても分からへんし、後で電話して繋がらへんかったらその時考えよう」


舞「美幸ちゃん、元気やったらええのにね?」


俺「そやなぁ」


佐知子「もし、電話も今日繋がらへんかって明日の終業式も来んかったらどうするん?」


俺「それも、そんときに考えよう」


佐知子「まぁ、今はしゃあないもんな…」


舞「はい!ハンバーグ出来たでぇ!」



舞は、出来たてのハンバーグを運んで来る。



三人で、夕飯を食べて佐知子を家に送って行く。



佐知子が夕飯を作りに来てくれるので、俺と舞はお礼に佐知子を家に送って行く事にしていた。



佐知子を家に送り届けて、俺と舞は自分たちの家に向かって歩き出す。



途中、舞は「美幸ちゃん、何もなかったらええのにね?」


俺「何もないとは思うけど、今までこんな事なかったからちょっと心配やな」


舞「うん」


俺「でも、たちの悪い風邪ひいただけやと思うで」



俺は、舞にも佐知子にもなるべく気丈に振る舞っていたが、内心は気が気でなかった。



しかも、3日会わないだけで田中に凄く会いたくなった。



会いたい今すぐ会いたい、今すぐ田中の家に行って無事を確認したい気持ちを押し殺していた。



それも全部、舞と佐知子をこれ以上心配させたくなかったからだ。



そして家に着いて、もう一度田中の家に電話をしてみた、だが結果は同じで話し中だった。



その日は、もうこれ以上やれる事もないので風呂に入って寝る事にした。



ベッドに入っても、その日は寝れる気がしなかったがとりあえず、目をつぶってみた。





「大人になったら結婚しようや!」


「ええよ!大人になったらぜったいしよ!」



また、あの夢を見た。



相変わらず、滑り台に行ってからの会話は分からなかった。



目が覚めて、早めに学校に行く事にした。



田中が来ているかもしれないからだ。



今日は終業式だ。



普通なら明日から春休みで、ワクワクするはずなんだが、田中の事が心配で会いたくてそれどころではなかった。



とりあえず、9組に行ってみた。



まだ早いせいか、教室の中に生徒もあまりいなかった。



だからすぐに田中がいない事が分かった。



とりあえず、自分の教室に荷物を置きに行く事にした。



もう一度9組に行き、中を覗いたが生徒の数が少し増えただけで田中はまだいない。



やることも無くなったので、屋上に行ってみることにした。



屋上に着いて、初めて田中と話した場所の辺りに行って外の景色を見た。



田中と初めてここで話した時、田中もあの辺りを見ていた。



田中が見ていた辺りに、今日は燕が2、3羽飛んでいる。



それを、ただ目で追っていた。





「田中……」



不意に声に出た。



と言っても屋上に俺以外には、誰もいない。



今なら分かる、この時の会いたいのに会えない苦しさと、いとおしさ



これが「愛」なんだと今は分かる。



この時は、ただただ初めての感情に俺は驚いたのと、苦しいのとで訳が分からなかった。



しばらくして、そろそろいつも学校に登校する時間になったので、9組に行き廊下から中を覗いてみた。



やっぱり田中はいなかった。



今日も来ないのか?



どうして来ないのか?



何があったのか?



自分の教室に行きながら考えた。



考えたところで、答えなど出るわけでもないのに考えた。



自分の教室に入ろうとしたところで「隆!」と声を掛けられた。



振り向くと花がいた。


「おぅ!花」


「田中は来たか?」


「まだ来てないみたいやな」


「そうか……」


「昨日、何回か電話してみたんやけど、ずっと話し中やってん」


「話し中?」


「うん」


「ずっとか?」


「昨日、帰ってから夜までは話し中やったな」


「…………とりあえず、終業式終わったらすぐに健太と三人で合流しよう」


「分かった」


「隆、お前は……自分の気持ち分かったんか?」



俺は、花が何を言おうとしてるか分かった、だから「俺は田中が好きや……」


「よし!隆、お前は何も考えるな、俺は健太に話ししてくる、終業式終わったら屋上で待ち合わせにしよか」


「分かった」


「ほな、また後でな」


「おぅ!」



何も考えるな、とは言われたが無理な話しだった。



だが、花の気持ちは嬉しかった。



終業式が始まり、いつもなら長い校長先生の話しも、田中の事を考えていたら知らない間に終わっていた。



終業式も終わり、後は帰るだけになったので、健太と花と待ち合わせをしている屋上に行く。



健太と花はすでに来ていた。


俺「おぅ!」


花「来よったで健太!」


健太「よっしゃ!行くぞ!隆」


俺「行くぞってどこ行くんや?」


花「終業式の前に健太と色々話ししてん、とりあえず田中の担任に聞こう」


健太「担任やったら何か知ってるやろ」


俺「うん」



俺たちは、屋上を出て職員室に向かった。



9組の担任「乾先生」のところに行く。



乾先生は、俺たちにも音楽を教えてくれている女の先生だ。


花「乾先生!」


乾「あら?どうしたの?貴方たち揃って」


花「田中ってずっと休んでるやろ?何でかな?って思って」


乾「あぁ、田中さんの話しね……」

「貴方たち仲良かったんやんね?」


健太「そう、でも学校にも来うへんし電話も繋がらへんし心配になって真紀に聞きに来てん」



真紀とは、乾先生の下の名前だ。


乾「誰が真紀や、生徒指導に言うで」


俺「健太!いらん事言うな、話しが進まへんやろアホ」


花「で、先生なんか聞いてるかな?」


乾「実はずっと連絡無くて、今朝田中さんのお母さんから連絡あったところなんよ」

「急に引っ越す事になったって」



俺は、目の前が真っ白になった。


花「引っ越し!?」


健太「どこに!?」


乾「それがね、急いでたのか知らないけど、それだけ言って電話切れちゃったんよ」


俺「…………」


俺は倒れそうになった。


花「先生、ありがとう。行くぞ!ほら」


健太「サンキュー!真紀!」


乾「下の名前で呼ばないの!」



俺たちは、職員室から出た。



廊下を歩いている俺のお尻を、健太は蹴飛ばした。


俺「痛っ!」


健太「お前何してんねん!?」


花「はよ行ってこい!」


俺「あ………あぁ、行って来る!」


健太「会ったらちゃんと言うやぞ!」



健太の最後の言葉を聞く前に、俺は走り出していた。



俺は、ひたすら全力で走った。



自分の気持ちを伝えたい、その一心で走った。



その先の事なんて、どうでも良かった。



フラれる事も、上手く付き合えたとしても遠距離恋愛になる事も、その時の俺には関係なかった。



今すぐ田中に会いたくて、気持ちを伝えたくてという事しか頭になかった。



ただ走って田中の家に向かった。



レンガ造りの田中の家が見えてきた。



後少しで田中の家だ。



田中の家のインターホンを押す。



音は鳴ったが、返答がない。



何回かインターホンを押す。



しかし、そこから声が聞こえる事はなかった。



インターホンが付いている所から少し右側に行き、門の中を覗いた。



家の玄関扉に「売家」そう書かれたプラスチック製の看板が、ぶら下がっていた。



俺は、膝から崩れ落ち両手を地面に着いた。



信じられなかった。



つい4日前まで、楽しかった毎日…



田中の怒ったような顔も、笑顔も話し方も笑い方も、全てがもう見れない。



それだけじゃない、話す事も出来ない。



何もかもが遅かった。



自分の気持ちを知るのも…



田中が何故、学校を休んでいたのかを知るのも…



全てが遅すぎた…



どれくらいの間、そこに居たのかも分からない。



ただ呆然としていた。



俺は、無意識に自分の家に帰っていた。



家には、健太と花が学校の鞄を届けてくれていた。


健太「隆、どうやった!?」


花「隆、これお前の鞄…」


俺「あぁ…」



鞄を力無く受け取り、家に入ろうとした。


健太「おい!隆!」



俺は、振り返って健太と花の方を見た。


花「隆……」


健太「元気出せや!」



花が健太の肩を掴んだ。


俺「………」



俺は、そのまま家に入って自分の部屋に行き、ベッドに倒れ込んだ。



放心状態、まさにそんな感じだった。



途中、舞と佐知子が部屋に来て昼ご飯が出来たと言いに来た。



だがその時の俺は、そんな事も分からないくらいに放心仕切っていた。



それから何時間が経ったんだろうか?今度は自問自答が俺の頭の中で渦巻く。



何故、こうなる前に自分の気持ちが分からなかった?



何故、みんなで毎日楽しく過ごす事を優先にして、自分の気持ちに気づかないフリをしていたんだ?



何故、こうなる前に田中の引っ越しに気づかなかった?



何故、田中が初めて休んだ日に、自分の気持ちを伝えに行かなかった?



何故?



何故?



何故……



何故………………







何故、こうなる?



何故、こうなった?



何もかも分からない。



もう俺は、何も分からなかった。



そのまま次の朝になった。



しかし、空腹感も便意も何もない。



昼前に、心配して舞が部屋に入って来て、何か言っていたが何も聞こえなかった。



俺は、一体何なんだ?



いや、俺は一体田中の何だったんだ?



無限に続く自問自答のループ、遂に俺は体調を崩して吐いた。



丸一日以上何も食べてない、いやもうどれくらいの時間が経ったのかも分からない。



だから胃液しか出ない。



だが、ただただ吐き続けた。



俺の異変に気付き、舞と佐知子が部屋に飛び込んで来た。



俺は、初めて救急車に乗った。



俺の記憶は、そこで途絶えて次に気付いた時には病院のベッドの上だった。


真弓「隆!」


佐知子「隆ちゃん!」


舞「ウヘェーン…お兄ぢゃん゛……」


俺「………俺…」


真弓「何があったん?隆!」


佐知子「隆ちゃん……もしかして美幸?」


真弓「えっ?美幸?」


舞「いつもみんなで遊んでた友達……」



舞が母親の言った事に答えた。


真弓「そう……」


佐知子「その美幸が、学校に来なくなって連絡もつかなくなって……」


真弓「……とにかく目が覚めたら大丈夫やね、私は仕事に行くから、悪いけど何かあったらさっちゃん私の会社に連絡くれる?」


佐知子「うん、分かった」


真弓「じゃあ、舞もお兄ちゃんをよろしくね?」


舞「うん…」



俺は、どうなったのか分からなかった。



母親が一瞬悲しそうな顔で、俺を見て病室から出て行った。



言葉が出るのか分からないくらいに、俺は力が出なかった。


佐知子「隆ちゃん?聞こえてる?」



首だけ回して佐知子を見た。



佐知子が、潤んだ瞳で俺を見ていた。


俺「悪い…コーラが飲みたい……」


舞「舞、買って来る!」



舞が病室を飛び出して行った。


俺「田中……おらんようになってもうた………」



天井を見ながら言った、目からは涙が流れ出た。



佐知子が立ち上がり、ベッドに寝ている俺に覆い被さるように体を乗せて来た。





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