異世界で家庭菜園やってみた
「アシュラムさん……」

数ヶ月ぶりに会う、その人は、相変わらず美しかった。

まるで月光を纏ったかのような姿は、この世のものとは思えないくらい神秘的だった。

「お久しぶりです。姫」

変わらず自分のことを“姫”と呼ぶ彼に、どう反応を返したらいいのか分からず、悠里は俯いた。

「随分、頑張っておられるのですね」

けれど、続けて紡がれた言葉に、少し棘を感じて顔を上げると、アシュラムはこれまで見たことのないくらい怖い顔をして、悠里を見ていた。

「……だって、そのために、わたしは、ここに来たのでしょう?」

「ええ、そうです」

アシュラムが一歩前に踏み出した。

「まだ、頑張られますか?」

「アシュラムさん……」

「まだ、この世界においでになりますか?」

「え……?」

まさかと思って、アシュラムを見つめると、彼は微かに笑んだ。

「ええ。見つけましたよ。あなたを元の世界にお返しする方法を……」

悠里は後ずさり、物置小屋の壁にトンと背中をぶつけた。

そんな悠里に、アシュラムはさらに一歩二歩と近付いて来る。

「いつでも、あなたをあちらの世界に送って差し上げられます。今、すぐにでも」

悠里はふるふると首を横に振った。

「まだ、だめです。まだ何も出来てないですもん。これからですよ。野菜作り」

目の前まで来たアシュラムは、苛立ったように悠里の耳のすぐ横の壁に片手をつくと、びくっとして身を竦(すく)ませる悠里を覆い隠すようにして、「それが、辛いのです」と囁いた。

息がかかるくらい近くに、彼の切ない気持ちを感じて、悠里は息を飲んだ。

「あなたが、この世界にいる限り、私は平静を保つことが出来なくなる。求めても、手に入れられない。ユーリ」

「!」

「ずっと夢見ていたのです。この世界に来たあなたと、共にあることを……」

そう囁くと、アシュラムは悠里の肩に顔を埋めた。

彼から仄(ほの)かに香の香りを感じ、頭がくらくらするのを悠里はどうすることも出来ず、支えを求めるように彼の真白いローブを掴んだ。

声を出したくても、飲まれたように声が出て来ない。

どうしていいか分からず、悠里はただ目の前に広がる夜の闇を見つめていた。

その悠里の手に己の手を重ね、握り締めたアシュラム。

「あなたの存在だけが、私の生きがいだった。いつか、この世界に来るあなたが、きっと私を暗闇から救い出してくれると。そしてあなたは、ここに来た。それなのに、あなたは私の手を簡単に離し、去ってしまったんだ……」

「アシュラムさん……」

「ただ、側にいて欲しかっただけなんだ。この国を救うことなど、どうでもいい。あなたに私の隣にいて欲しかった」

それ程に、彼は孤独の中で生きて来たのだろうか。

王族としての血も、神殿の長としての地位も、そして、この国で最大の力を持つ能力も。

彼には何も与えなかったのだろうか。

(ああ、そうだね……)

悠里は知っている。

それだけでは、人は生きていけないという事を。

周囲の人の“心”があって初めて、人は人として生きて行けるのだという事を。

(わたしと、アシュラムさんは、とてもよく似てるんだ)

上辺しか見ようとしない人たちから離れ、孤独の中に身を置き、そして、誰でもいい、自分の手を取ってくれる人を探して彷徨っている。

それが、アシュラムにとっては、自らが異世界から召喚する人間であったのだろう。そこに希望を見出し、ひたすら、その時を待ち続けた彼の半生とは、なんと悲しみに満ちていることだろう。

アシュラムの肩が震えている。

悠里よりもずっと大きな体の男の人が泣いている。

彼はこうして、一人静かに涙を流してきたのだろうか。

そして、これからも、ずっと流し続ける?

もし、もっと前なら。

悠里がこの世界に来た当初に、彼の、この孤独を理解出来ていたなら、悠里は彼に寄り添うことが出来たかも知れない。

共に涙し、互いの傷をなめ合い、これからの人生を、彼と一緒に過ごすことまで考えたかも知れない。

けれど、今の悠里は、彼よりも一歩先に進んでしまった。

彼の孤独を理解しながらも、それを享受することは出来ない。

悠里が思うのは、アシュラムにも、悠里が得たような理解者が現れるといいという事だけだった。

(それが、わたしであっても、きっとアシュラムさんは受け入れられないだろうな……)

彼に強く抱き締められながら、悠里の心は遠くに飛んでいた。

今は王都で忙しく働いている筈の、あの人の元に……。






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