異世界で家庭菜園やってみた
「ホットミルク。落ち着くよ」
宿の主人に作って貰ったのか、アルバートは湯気の立つカップを、ベッドに座った悠里に差し出した。
宿の一室。あてがわれた部屋で、ゆっくりホットミルクを口にした悠里は、やっとまともに話が出来るくらいには落ち着いたようだった。
けれどアルバートは、彼からは何も聞いて来なかった。
見た所、怪我は転んだ時に膝を擦りむいたものくらいのようだし、悠里が自分が話す気になるまで待つつもりのようだ。
せっかく湯に浸かったというのに、泥が付いた顔をそのままにして、一点を見つめたまま悠里はミルクをすすっていた。
そして最後まで飲み干し、カップをベッド脇のサイドテーブルに置くと、悠里はアルバートに視線を移した。
「アル」
「ん?」
「アシュラムさんがいたの」
アシュラムと言われても、アルバートには誰の事だか分からなかったが、深くは突っ込まず、悠里の話に耳を傾けている。
「アシュラムさんは、わたしを元の世界に戻す方法を見つけたんだって。それで、わたしを迎えに来たの」
「……」
「でも、わたしには、まだやらなくちゃいけないことがあるから。だから……」
そこで悠里は言い澱み、俯いた。自分の中の気持ちを整理している様子を、アルバートは静かに見守っていた。
静寂の中で、悠里の思いは、心の中のある一点だけに近付いて行く。
今度は間違えたくなかった。見誤りたくなかった。
そして悠里は顔を上げた。
「元の世界に戻りたくないって、思ってる自分がいるの!この世界で、アルやみんなと、ずっと一緒にいたいって思ってる自分がいるんだ」
「うん」
「でも、戻れなくなるのも怖い……。アシュラムさんに何て言ったら、伝わるんだろう。本当の気持ちを言っても、きっと伝わらないから」
アルバートは悠里から視線を外すと、眼鏡の位置を直した。
そして、もう一度悠里を見た。
彼が何と言うのか、思わず身構えた悠里に、アルバートは微笑みを返し、「本当の気持ち、言うだけで十分じゃないかな」と言った。
「だって。相手が何て思うのかまで考えてたら、立ち止まったままになってしまうだろ?時には、我儘なくらいに、自分の気持ちだけ、ぶつけてもいいんじゃないかな」
そのアルバートの言葉に、悠里は「いいのかな」と、か細い声で答えた。
「どうして?それが、悠里の今の気持ちなら、素直に伝えればいい。ここにいたいって」
「いたい」
「うん」
「いたいよ」
「なら、いればいい」
「ふえっ……」
悠里は込み上げてくるものを抑え切れなかった。
ぶつけてみよう。
自分の気持ちを。
今まで逃げていた分。
今度は後悔したくない。
大事なことから目をそらさず。
自分の思いを、正直にぶつけてみよう……。