異世界で家庭菜園やってみた

「ホットミルク。落ち着くよ」

宿の主人に作って貰ったのか、アルバートは湯気の立つカップを、ベッドに座った悠里に差し出した。

宿の一室。あてがわれた部屋で、ゆっくりホットミルクを口にした悠里は、やっとまともに話が出来るくらいには落ち着いたようだった。

けれどアルバートは、彼からは何も聞いて来なかった。 

見た所、怪我は転んだ時に膝を擦りむいたものくらいのようだし、悠里が自分が話す気になるまで待つつもりのようだ。

せっかく湯に浸かったというのに、泥が付いた顔をそのままにして、一点を見つめたまま悠里はミルクをすすっていた。

そして最後まで飲み干し、カップをベッド脇のサイドテーブルに置くと、悠里はアルバートに視線を移した。

「アル」

「ん?」

「アシュラムさんがいたの」

アシュラムと言われても、アルバートには誰の事だか分からなかったが、深くは突っ込まず、悠里の話に耳を傾けている。

「アシュラムさんは、わたしを元の世界に戻す方法を見つけたんだって。それで、わたしを迎えに来たの」

「……」

「でも、わたしには、まだやらなくちゃいけないことがあるから。だから……」

そこで悠里は言い澱み、俯いた。自分の中の気持ちを整理している様子を、アルバートは静かに見守っていた。

静寂の中で、悠里の思いは、心の中のある一点だけに近付いて行く。

今度は間違えたくなかった。見誤りたくなかった。

そして悠里は顔を上げた。

「元の世界に戻りたくないって、思ってる自分がいるの!この世界で、アルやみんなと、ずっと一緒にいたいって思ってる自分がいるんだ」

「うん」

「でも、戻れなくなるのも怖い……。アシュラムさんに何て言ったら、伝わるんだろう。本当の気持ちを言っても、きっと伝わらないから」

アルバートは悠里から視線を外すと、眼鏡の位置を直した。

そして、もう一度悠里を見た。

彼が何と言うのか、思わず身構えた悠里に、アルバートは微笑みを返し、「本当の気持ち、言うだけで十分じゃないかな」と言った。

「だって。相手が何て思うのかまで考えてたら、立ち止まったままになってしまうだろ?時には、我儘なくらいに、自分の気持ちだけ、ぶつけてもいいんじゃないかな」

そのアルバートの言葉に、悠里は「いいのかな」と、か細い声で答えた。

「どうして?それが、悠里の今の気持ちなら、素直に伝えればいい。ここにいたいって」

「いたい」

「うん」

「いたいよ」

「なら、いればいい」

「ふえっ……」

悠里は込み上げてくるものを抑え切れなかった。




ぶつけてみよう。

自分の気持ちを。

今まで逃げていた分。

今度は後悔したくない。

大事なことから目をそらさず。

自分の思いを、正直にぶつけてみよう……。









< 137 / 152 >

この作品をシェア

pagetop