異世界で家庭菜園やってみた
 コツン。

 石畳の床に靴音が響き、悠里はびくっとして足を止めた。

 神殿は相変わらず閑散としていた。

 ここにいる神官たちは一体どこにいるのだろう。

 そんなことを思いながら、悠里は一歩一歩廊下を進み、アシュラムと初めて会ったあの祭壇のある広間へとやって来た。

 そこにはひとつ白い影。

 アシュラムの白い法衣が揺れていた。

 祭壇に向かい何かの祈りを捧げているのか、悠里には気付かない。

 その背中に遠慮気味に声を掛けた。

「アシュラムさん」

 ぴくりと微かに揺れた肩。

 けれど彼は祈りを止めず、振り返りもしなかった。

 広間の空気はひんやりしているのに、悠里の額には冷や汗が滲む。

 来て良かったのだろうか。

 途端に不安になってきた。

 彼に言いたい言葉をいろいろ考えて来ていたのに、もうすっかり真っ白だ。

「アシュラムさん。あの、わたし、あなたと話したいと思って……」

 もう一度勇気を出して声を掛けてみた。

 それでもアシュラムは聞こえないふりをする。

 もう、なんなのよ!

 悠里は深呼吸した。

 そっちがその気なら、こっちから行ってやる。

 大きく息を吐き出して、悠里はずんずん祭壇へと近付いて行った。

 その足音も聞こえているはずなのに、アシュラムは一心に前を見続ける。

 それほどまでに頑なに無視するのは、やはり怒っているからなのか。

 昨夜の様子を思い出すと、恐怖で手の先が震えてくるようだった。

 胸がドキドキする。

 アシュラムを右手に見、それから前に回り込んだ。

「アシュラムさん!」

 ばっちり目があった。

 彼は瞠目し、さっと顔を赤らめた。

「お話ししましょう。アシュラムさん!」

 至近距離で大声を出す悠里に、呆気に取られるアシュラム。

 微妙な空気が二人を包んだ。

 ちっとも思考の戻ってこないアシュラムが心配になり、悠里は彼の目の前でひらひらと手を振ってみた。

 そこでようやくアシュラムの瞳に力が戻った。

「すいません。いらっしゃったことは分かっていたのですが、祈りの間は少しお待ちいただこうと思っていたのです」

 そして、そう言い訳めいたことを口にした。

「ご、ごめんなさい。わたし、我慢が足りなくて」

「いえ。私の方こそ、わざわざご足労いただいてしまい……」

 そうして笑い合う二人は、まるで出会ったばかりのあの頃に戻ったように穏やかだった。

 どうして、こんな優しい雰囲気のままでいられなかったのか。

 そればかりを思うけれど、今となってはどうしようもない。

 悠里は寂しさを覚えながら、アシュラムに次にかけるべき言葉を探していた。
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