【完】そろり、そろり、恋、そろり
――パチっ


部屋の中に入り、まずは廊下の電気をつけた。誰もいない、寂しい空間がそこには待っていた。まずはキッチンに向かい、買い物してきたものを冷蔵庫に仕舞うことにした。ビールは、なんか今日はもういいや。今日の出来事だけでお腹いっぱい。冷蔵庫の中には俺の部屋には似つかわしくない、可愛い甘いお菓子も入った。


そして、とぼとぼとリビングへと足を運び、ソファにどさりと座った。そして、今日を振り返るように、考えを巡らせた。


家を空けていたのはたかだか1時間位。けれど、家を出てからの1時間が濃くて、もっともっと長かったように感じる。自室に入ってしまうと、現実に強制的に還されたように感じた。


……今日の出来事は奇跡だろうか?いや、運命だろうか?


だってさ、一目惚れした相手にばったり会ってお話しも出来て、名前も知る事が出来て、尚且つ実はお隣さん。運命だって思ってしまうに決まっている。


何だ、この急な展開は。今まで出会いがない、出会いがないって思っていたのに、自分が1番驚くような嬉しい急展開を迎えてしまった。まさか、こんなに近くに居たなんて。どうして今まで出会えていなかったんだろうな。


確かに隣に人が住んでいることは知っていた。けれど彼女の言う通り、今まで一度も顔を合わせたこともなかった。生活音はするけれど、特に声が聞こえることもあまりなかったから、隣が男か女かすら俺は知らなかった。


彼女は2年くらいここに住んでいると言っていた。俺は社会人1年生の頃からで今6年目になった所だから、2年以上お隣だったはず。それなのに、一度も見かけないから全く生活時間が違う人だろうと思っていた。


でも今くらいの時間に帰ってきているなら、一度くらい会っていてもおかしくないと思う。縁がなかっただけなのか、それとも今日の奇跡的な出会いのために備えていたのか。……後者であってほしい。


実は彼女と俺の出会いは決まっていて、必然的に印象的な出会いをするために、彼女との縁を溜めに溜めまくっていたんじゃないかと思う。だって、そう考えたほうが“運命”っぽいだろ?


……いけない、いけない。俺の悪い癖だ。俺のこんな頭の中の妄想というか、おめでたい発想に、同期の奴らから気持ち悪いぐらいロマンチストだと笑われる。それを忘れてたった今発揮し過ぎる位に発揮していた。


よく現実を見ろといわれるけれど、見ているつもりの俺からするとこれ以上を求められても無理に等しい。
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