first Valentine
冷蔵庫では再びチョコレートが冷やされている。

チョコレートが固まるまでの時間、フミは冷え切った奥の間まで行くと、古びたたんすを開け、中を確認しては閉めることを繰り返していた。

そうして、チョコレートがしっかりと固まったころ、彼女は一着の着物を持って、暖められた茶の間まで戻ってきた。


薄紫の色無地の着物。

ここ数年袖を通すことのなかったその着物を、フミは茶の間の壁際に掛けた。


それから、フミは冷蔵庫からバットを取り出し、先ほど沙織がしていたようにそっと包丁を入れた。

四角く切り取られた小さなチョコレートたちにココアをまぶせば、先ほどフミが口の中に入れたものと同じ焦げ茶色のチョコレートたちが皿の上に並んでいく。


フミの表情は先ほど沙織が見せていたものと同じように高揚して、その頬は紅く染まっていた。


和夫さんは、喜んでくれるだろうか。

愛しい人を想いながら、甘やかなチョコレートを作る時間。


過去、こんなに甘く色づいた時間があっただろうか。
 
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