隣に座っていいですか?これはまた小さな別のお話
「煙草は健康に悪いからやめた。僕の奥さんに変な事を教えないように」
美味しい紅茶の香りと共に彼がやってきて、荒れてる心が少し癒される。
「僕の奥さんね……」
棒読みで杏奈さんは彼の言葉を復唱し、紅茶を口にして、遠慮なくジロジロと私を見ていた。
「再婚したって聞いて驚いた。あんなに奥さんの事を愛していたのに……」
「杏奈……」
「信じられない。家の事をやってくれる人が欲しいのなら、家政婦でもやとえばいいじゃない」
「怒るぞ」
いつもの優しい彼の声に、鋭さが混じっていた。
怒った彼が怖いのを知っているのか、杏奈さんは「冗談だってー」と彼に笑う。
きっと
冗談じゃないはず。本気だろう。
「あんなちゃーん」
桜ちゃんが山のようなぬいぐるみを手にし、二階からやってきて空気が変わる。
桜ちゃんは杏奈さんにひとつずつぬいぐるみを説明し、杏奈さんは紀之さんも巻き込んで桜ちゃんと楽しく会話をする。
桜ちゃんのおかげで、場の雰囲気も戻り和やかになるのだけれど
やっぱり
私だけ部外者だった。
杏奈さんの目には私は写っていない。
ただの置き物と同じ。
席を立ちたくても立てない
そんな生殺し状態。
杏奈さんの携帯が鳴り「ごめん桜。また来るね」桜ちゃんの頬にキスをし、黒のファーを肩にかけて立ち上がる。
ゴージャスなコート。
「何?」
そこでやっと私を見て、そんな事を言われたので
「いえ。素敵なコートだなって思って」
素直に思った事を言うと
「欲しいならあげましょうか?そんな貧乏くさい目で見られると、コートの価値が下がっちゃう」
「え?」
あまりの言い方に怒るより、驚いていると
「桜バイバイ。紀之送って」
「車ない」
「使えないわねー。田辺の家にゴロゴロあるんだから、持って来たらいいのに。近くでタクシー拾ってちょうだい。桜もお見送りして」
「いいよ」
桜ちゃんは軽く返事をし、上着を着て玄関に走って行った。