苦恋症候群
「そういえば」



ガサゴソとまたビニール袋を探りながらのそのつぶやきに、私は再度顔を向けた。



「今日、宮信会ですね。いとしの真柴課長と会えるんじゃないですか」



三木くんの言葉を聞いて、思わず黙り込む。

彼は取り出したスティックタイプのケーキの包装を剥きながら、少しだけ首をかしげたようだった。



「森下さん?」



呼びかけられるけど、また私は無言だ。



「もしかして、会いたくないんですか」

「……ん? んー……」



やっぱり直球な彼に、自然と苦笑い。

カフェオレを持った手をぷらぷらさせながら、口を開いた。



「別に、会いたくないんじゃないよ。ちょっとね、さっき、過去のこと思い出してたから……なんていうか、感傷的になってただけ」

「意味わかんないですけど」

「あはは、うん。わかんなくて、いーの」



たぶん情けない笑顔を浮かべ、私はようやく手すりに預けていた身体を起こした。

チョコレートケーキを咀嚼している三木くんに、振り向きながら片手を振る。



「それじゃ三木くん。また後ほど、宮信会でね」

「ハイ。お疲れさまです」

「……チョコ、口のまわりにつけて来ないようにね」



そんな子どもじゃないです、という多少不満げな声を背中に聞きながら、私は屋上を後にした。

……三木くん、そのうちここでビールでも飲み始めるんじゃないだろうか。いや、さすがにそれは心配しすぎか。


階段を下りながら、うーんと伸びをする。

ぺちぺちと両頬を叩いた後前を見据え、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。



「……がんばれ、さとり」



今夜は自分から──小さな革命を、起こすんだ。
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