まだあなたが好きみたい
夢みたいな時間だった。
肩を並べて歩いている。彼と。
それも、わたしの家に向かって。
送ってもらっている、という事実。
彼の家から見ればわたしの家の方角は完全に逆方向。
わたしのために手間をかけさせているという状況に、たまらない気持ちが込み上げる。
「なんか喋れよ、チッ」
三分おきに彼はそんなわがままを言う。
菜々子は無視して足を動かした。
話したいことは山ほどあったがそれらをどう切り出していいかがわからなかったし、いざふたりで他愛もないおしゃべりに興じようとしたとして、お互い照れ臭さと反発心が邪魔をしてうまくいかないのは目に見えてる。
それに。
彼だって、口ではしきりにしゃべれと命令するが、そもそもわたしに対していい感情を持っていない彼と、いくらこちらが細かく気を配ったところでまともな会話が成立するはずもない。
何かを言って、落ち着かない気持ちを宥めて、間を持たせようと足掻いているだけだ。
それならこの、気まずさ満点、一触即発のすれっすれの空気に覆われつつも、またとないだろう、泣いてしまいそうに甘美な時間をかみ締めているだけで菜々子には十分満足だった。
「さっきまでのうざってえキャラはどこ行ったんだよ。まさか照れてんじゃねぇだろうな」
いよいよ痺れを切らしたらしい彼は強硬手段に乗り出した。
呆れて菜々子は息を吐く。