まだあなたが好きみたい
「いいだろう。おまえのことは見逃してやる。口外もしない」
「助かる」
言いながら、匡は後ろ手にバスルームのドアノブを握りつつ、同時に足元の、山のような髪の毛を確かめた。
「そうと決まれば早く行け。真の芸術は仕上げにこそかかってるんだ。ひとりで集中したい」
匡はそっと取っ手を回し、静かにドアを押し開けた。
つま先の向きを変え、そのまま退出するように思われた次の瞬間、匡は勢いをつけて積もり積もった髪の毛の山を睦美と眼鏡の顔めがけて蹴り上げた。
水気のない浴室に、それは紙ふぶきがごとく宙を舞う。
しかし。
「そう来ると思ったよ」
冷徹な声がしたかと思うと、黒い帳の向こうから、いきなり鋭利な刃物が匡めがけて飛んできた。