氷の卵
鼻歌を歌いながら、店の準備をする。
届いた花を大体整理できたら、今度は注文された花束をつくる。

まずは、今回が初めてのご来店の方。
昨日、とても嬉しそうな表情で店にやってきた。


「あの、花束を作っていただけませんか?」

「はい!承っております。どのような花束でしょうか?ご予算などありましたら。」

「予算は気にしません。思い切り美しい花束がいいんです。」

「色はどんな感じ、とかありますか?」

「そうですね、あの子、黄色が好きだから、黄色やオレンジを基調とした花束がいいです。」

「分かりました。」

「結婚式で贈る花なんです。」

「結婚式ですか!おめでたいですね。」

「親友の結婚式なんです。彼女、いままでつらいことがたくさんあって、でもやっと結婚できるんです。だから、思い
切り豪華にしてあげてほしいんです。」

「そうなのですか。親友か……いいですね!」


彼女は私より年下に見えた。

まだ20代前半だろう。


「では、花束はお届けしましょうか?それとも、ここに取りに来ていただけますか?」

「明日、午前中に取りに来ます。結婚式は午後からだから。」

「そうですか。お待ちしています。……あ、花束に贈るお相手のネームプレートをお入れしましょうか?」

「はい!入れてください!」

「では、ここへお名前をお願いします。あなたのお名前も。」


――夏目裕先生、詩織さんへ。小川智より。


「こんな感じです。」

「へえ、先生なんですか。」


何の気なしに口にすると、彼女の目が輝いた。


「そう。実は二人は、教師と教え子なんです。私はこの子の同級生。お相手の先生は私の担任でした。」

「うわあ!ドラマみたい!」

「ほんとにいろいろあって大変だったんだから。」


彼女はいたずらっぽくくすくすと笑う。
きっとすごくいい友人同士なんだろうな、と思った。


「じゃあ、一生懸命花束をお作りしますね!」

「お願いします。」


そう言って彼女は、小さく頭を下げた。


そんな彼女が来る前に、期待通りの花束を仕上げなければと、私は張り切っていた。

黄色を基調とした花束。
まず、結婚式に似合う、ピュアな純白の百合の花。
そして、黄色とオレンジのガーベラ。
黄色とオレンジのバラ。

黄色は幸せの色だ。

ミモザやクロッカス。
そして咲き始めたばかりのヒマワリの花。
チューリップも入れる。
仕上げに、ところどころにかすみ草を差し込む。

両手で抱えるくらいの大きさで、鮮やかで幸せに満ち溢れた花束ができた。


ネームプレートをそっと飾っていると、注文した彼女がやってきた。


「もしかしてそれ、私の……」

「そうですよ。ちょうどよかった。今できたところです。」

「綺麗……」


彼女はそっと息をついて、そのまま呆然としていた。


「イメージは、このような感じでよろしいでしょうか?」

「こんなにきれいな花束を作っていただけるなんて、思いませんでした……。」

「よろこんでいただけて光栄です。」

「すごい。ほんとに若月さんってすごい!」

「これが仕事ですからね。でも、ありがとう。」


素直な賞賛の言葉が、くすぐったい。


「先生も詩織も、絶対に喜んでくれる。ねえ、若月さん!また何かあったらここに頼むからね!ずっと店畳まないでね!」

「はい。そのつもりですよ。」


私の名前は相原雛。

でも、フラワーショップ若月という、みどりさんのお店をそのまま引き継いだので、私の苗字を若月と思う人は多い。

でも、敬愛するみどりさんの名前で呼ばれることは、すこし嬉しかったりする。
だから、あえて訂正などしないのだ。


彼女が大事そうに花束を抱えて、微笑みながら店を出て行った。

私はこの瞬間がとても好きだ。

自分の作った花束が、その人の気持ちを代弁できるかどうかは、このときのお客さんの表情で決まる。

みどりさんは、いつでも魔法のような花束を作って、来る人を驚かせ、喜ばせていた。
私はそんなみどりさんの足元にも及ばない。

でも、こんなふうに喜んでくれる人がいると、自信になるんだ。
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