氷の卵

真実は悲しすぎて

次の日の朝、いつもと違う様子の啓がやってきた。


「雛、いる?」

「どうしたの?啓。」


啓はどこか頼りなげに立っていた。
まるであの日のように。
夜遅くに花を買いに来た、あの時の啓がそこにいた。


「雛……君、僕を裏切ってはいないよね。」

「え?」


何のことなのか本当に分からなかった。
頭が真っ白になる。


「どういうこと?」

「彼女と……香織と何を話してたの?」


はっとした。
啓は見たのだ。昨日、私と香織さんが一緒にいるところを。
そして、啓が何を疑っているのかも分かった。


「香織さんは友達だよ。……花束のこと、言ってない。言うわけ……ない。」

「いつから?何故……どうして僕に、一言も話してくれなかったの?」


返答に困った。
その答えは、言葉にしてしまったらあまりにも自分勝手で。
でも啓はその答えを欲している。


「4か月くらい前からかな。香織さんが、花束に書かれた店の名前を見て、来てくれたの。……啓には、なんとなく言えなかった。……ごめん。」

「そうだったんだ……。香織は、花束を注文した人の特徴とか、訊いてきた?」


あまりに自然に啓の口から発せられる「香織」という言葉が、私の胸を切り裂く。


「ううん。一言も。」

「そっか……。」


何か考え込むような顔をして、啓はうなずいた。
私はその苦しい空気が、どこから来るかよく分からないままでいた。


「それなら……雛もお見舞いに行ってあげてね。」

「お見舞い?」


啓が何を言っているのか分からなかった。


「もしかして……雛、聞いてないの?」

「……香織さんに何かあったの?啓!香織さんは今どこにいるの?」

「香織は……昨日の午後から入院したんだ。」

「どうして!」

「実は彼女には先天性の持病があって。それで……長くは生きられないと言われているんだ。」

「嘘……。」

「今まで何とか大丈夫だった。それにあの香織のことだからね。具合が悪くてもいつも気丈に振舞って。」


香織さんが残していたサンドイッチが、ありありと脳裏に蘇った。
日々透き通っていくような肌も、次第にほっそりしていく体も。
すべて病気のせいだと言われたら、確かに納得できる気がした。


「もう、限界が来たみたいなんだ。だから……。」


啓の表情がとても痛々しかった。


私は何も知らないで……。
香織さんの気持ちも、何も知らないで。


「啓……私も行っていいのかな?香織さんのところ、お見舞いに行く権利、私にもあるかな?」


ねじれそうな心で言った。
啓の返事が正直怖かった。


「行ってあげてよ。香織はああ見えてとても、寂しがり屋だから。」

「ありがとう……」


泣きそうになったけれど、私が泣いてはいけないと思った。
今一番苦しいのは、香織さんと啓なのだから。



病室にはとびきり綺麗な、心が明るくなるようなお花を飾ろうと、心に決めた。
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