氷の卵

忘れられない

香織さんのお葬式には行けなかった。
あんな風に啓に言われて、それでもなお啓と顔を合わせられるほど、私は図々しくない。


でも本当は、お葬式のお花を準備したかったんだ。
私にできることなんて、それだけしかないから。


――お花屋さん、やめようかな。


一人でお花を片付けながら、ふと思った。

人の感情に寄り添うなんて、できない。
胸を切り裂くような痛みの中で、花なんて、意味を持たない。


そもそも、私がフラワーショップ若月で働いているのは、たまたまみどりさんに出会ったから。
みどりさんの魔法はこの店にはもうない。


みどりさんに出会って、お花に触れることで私は、立ち直っていったけれど。

だから悲しみを抱えた人の気持ちが分かるなんて、そんなの傲慢だったね。


結論は出ないまま、次の日も、また次の日もおんなじことをして。
その頃の私は、周りから見たらどんなふうに見えたんだろう。


そして、啓は姿を見せなくなった。

やっぱり、思っていた通りだった。


私は啓の何も知らない。

だから、追いかけることはできない。


一度だけ、啓の電話番号にかけてみた。

でも、携帯電話は解約されていて。


こんなことになってもなお、啓への恋にすがりたいなんて思わない。

でも、そっとそばにいて、啓を悲しみの淵から救い出したかった。

私じゃ駄目だと分かってはいるけれど。

でも、そばに、ただそばにいたかった。


そう、私が一番悲しい時にそばにいてくれた、みどりさんみたいに。



そして、私は店の前に張り紙をしたんだ。



『従業員募集』
営業時間:午前6:00~午後5:00
時給:850円
お花が好きでなくてもいいです。業務内容は追々覚えていただければ結構。
誰でも歓迎です。
住み込み可能。
お花と向き合うことで、人生とも向き合ってみませんか。

フラワーショップ若月 店主 
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