KINGDOM―ハートのクイーンの憂鬱―




「ねぇ、君。今晩暇?良かったら、俺と一緒に楽しまない?」

「え?」



その日が幸せな日から一転して、最悪な日へと変わったのは、悲しい事に私の憧れの人のそんな言葉だった。


一緒に打ち合わせに行ってた職場の先輩が、仕事の関係の急ぎの電話で席を経った、その僅かな隙を狙って発せられた言葉に、私は一瞬、何を言われたのかわからなかった。




目をパチパチと数度瞬かせ、カリスマ美容師を見返すと、彼は妙ににやついた笑いを浮かべながら、机の上に乗せていた私の手を握った。

その瞬間、私は、すぐにその言葉の意味を理解した。



ゾクリッ。


背筋に悪寒が走る。

咄嗟に、握られた手に鳥肌が立たなかったのが奇跡だ。

要するに、あれですよね。一晩限りの恋人関係を楽しもうって奴。





……あぁ、この人は、腕は最高でも、中身は最低だ。



それは、私の中で憧れていた人のイメージが、脆くも崩れ去った瞬間だった。

最悪な気分。



私の手に重ねられた男の左手の薬指に視線を落とす。

そこには堂々、銀色のシンプルなデザインの指輪がはまっている。


それはきっと、つい先日入籍したと話題になった相手との結婚指輪だろう。

他社の雑誌の記事で、「彼女以外、私の妻はありえないと思ったから結婚した」とか、「誰よりも愛しちゃってるんです」と、笑顔の写真と共に書かれていたコメントは私の記憶にはまだ新しい。


その記事を見て、こんな誠実な人に愛されたらどんなに幸せだろうとか、いつか私もこんな風に言ってくれるような人と結婚したいとか、夢見ていた自分を、殴り飛ばしてやりたい。



……夢見がちなのも大概にしろってね。
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