KINGDOM―ハートのクイーンの憂鬱―



もちろん、私が憧れてたってのは、彼を『男性』として見てという意味ではないし、ましてや本気で付き合いたいとは思ったこともない。

私が彼に憧れていたのは、彼の生み出す『美』と、仕事への姿勢に対してであって、どちらかというと、ファンという意味合いの方が強い。



だから、別に彼の人柄がどうであっても、その点に対しては何ら影響はないはずなんだけど……。



もしかしたら私は、仕事も出来て、愛妻家で、見た目もそれなりにかっこいいと評判だった彼に、何処かで理想の王子様像を重ね合わせていたのかもしれない。

そして、その理想を打ち砕かれた事で、今まで眩しいまでに輝いて見えてたものが、一気にくすんで見えるようになったんだ。




……所詮、理想は理想って事か。


彼からしたら、話した事はもちろん、会った事すらなかった私に、勝手に理想像を押し付けられて、いい迷惑って話かもしれないけどね。

思わず自嘲めいた笑みが零れるのを、その時の私は止められなかった。




どうせなら、夢は夢のままで終わらせたかったな。

そうすれば、私の中で彼は輝かしい存在のままでいてくれたのだから。



夢と理想だけを追い求め、現実が見えないような歳ではもうない。


でも、だからこそ、夢とか理想のままでいられる存在って貴重だと思う。



……主に、日常生活の潤いとして。





私は元来、大人っぽいとか色っぽいとかクールという言葉で形容されやすい容姿をしている為、現実主義者で割り切った付き合いをしてそうと勘違いされる事が多いけど、中身は夢見がちな乙女なんだ。

似合わないと言われる事が多いけど、可愛いくてフワフワしたものが好きだし、頭では現実を見ないといけないとわかっていても、いつか自分だけの王子様が現れてくれないかと願っている。



運命的とまでいかなくても、それなりに素敵な出会いがあって、その後順調に愛を育んて、その中で、ちょっと小説にでも出てきそうなハプニングが起こって、幸せな結婚をする。


そんな夢を抱えつつ、28歳になってしまった。私は、そんな人間なんだ。




だからこそ、彼のその『お誘い』は私にとって衝撃的であり、ショックだった。



「私、そういうの無理なんで」


仕事相手だから、強くは出られないけれど、重ねられた手を引き、俯きがちにキッパリと断る。

心の中で「最低男」とか「浮気してんじゃねーよ、タコ」とか思ってても、表面上は頑張って、嫌悪感を顔に出さないようにした。


なのに、そんな私に対して彼が向けた言葉は……



「またまたぁ。君、かなり遊んでるでしょ?あ、もしかして、もう既に誰かの愛人とかだったりする?」


冗談とも本気とも取れる軽い口調で告げられた言葉は、私の心をグッサリと抉る。

自分がそういう風に見えやすい容姿をしていると言う事は、今までも生きてきた中でも何回も感じさせられてきたけれど、それでも言われる度にショックを受ける。


「私はそんなんじゃない!」って声を荒げて反論したくなる。



……いつも悔しい思いはしていて、そこまではっきりとした怒りはぶつけられず仕舞いなんだけどね。
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