KINGDOM―ハートのクイーンの憂鬱―




びっしょり濡れたまま振り返った私を見る4つの目。


私に水を掛けた張本人の女性は、我に返って自分のしてしまった事に対して驚いているのか、或いは、彼女の正面、丁度私の真後ろにあたる場所に座っている男性が水を避けた事に対して驚いているかはわからないけれど、茫然と空になったガラス容器を手にしたまま茫然と固まっている。


私と彼女の間に位置する男性の方は、苦笑いを浮かべて、「さて、どうしたものか」と思案顔。

彼女の突然の行動に対して、あまり動揺した様子は見られない。





「お客様、大丈夫ですか!?」

無言で互いに目を合わせたまま動こうとしない私達の、微妙な雰囲気を打ち破ってくれたのは、喫茶店の男性店員さんの焦ったような声だった。


「あ~、大丈夫……です?」

果して、真冬に上半身ずぶ濡れという状態が『大丈夫』に該当するかどうかは疑問だけど、ひとまず怪我はしてないから、「大丈夫」と言って、苦笑いを浮かべつつ、店員さんを安心させるように頷いた。


「すぐにおしぼりの方お持ちしますね」

私の返答を聞くと、店員さんは足早に、店の奥へと歩いていく。

再び訪れた沈黙に、一番早く耐えきれなくなったのは、水を掛けた張本人だった。
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