負け犬も歩けば愛をつかむ。
自分の頭をゲンコツしてやりたい気分になっていると、椎名さんは「それもそうなんだけど」と言ってクスッと笑う。



「上司とか関係なく、君にとって俺はそういう存在でありたいから」

「へ……?」



その言葉の意味がすぐには理解出来ず首をかしげると、彼は意味深な笑みを浮かべて私に請求書を手渡す。



「とにかく。今後は同じことにならないように“ホウレンソウ”はしっかりしてください」

「はい、必ず! これ、本当にありがとうございました」

「いいえ。もう涙は止まったな?」



顔を近付け、きっとブサイクだろう私の顔を確認すると、椎名さんはヨシヨシと頭を撫でた。

もう何度もされているけれど、彼の大きな手に触れられると、ドキドキするけど心地良いな。


少しだけ乱された髪をそのままに、請求書でにやける口元をさりげなく隠していると。ネッカチーフとエプロンを巻きながら、彼は突然こんなことを言う。



「今晩空いてる?」

「えっ!? あ、空いてますけど……?」

「少しだけ時間頂戴。君に話したいことがあるんだ」



──ドキン、と胸が波打つ。

話したいことって何……?


腰に長いエプロンを巻き終わり、完璧にシェフの姿に変身した彼は私の方を振り向き、ワイルドな顔立ちで甘い微笑を生み出す。

その姿がとっても似合っていて素敵過ぎて、銃で撃ち抜かれたように胸がきゅーんとした。

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