雪恋ふ花 -Snow Drop-
レストハウスに入ると、とたんに彼女の表情が和らいだ。
リフト乗り場が見える窓側の席に彼女を座らせて、飲み物を買いに行く。
ホットココアを彼女の前に置くと、うれしそうに微笑んだ。
「そう言えば、名前聞いてなかったな」
「いぬぶちたま」
春人の頭の中で変換されたのは、こんな文字列だった。
"犬・ブチ・タマ"
春人は悪いと思いつつ、笑いを押し殺せなかった。
「いいですよ、笑っても。それも慣れてますから。ついでに名前の由来は、父がそろばんの教師だからです」
彼女がふくれて言う。
「だから、珠か」
漢字を聞いて納得した。
「せめて、”コ”か”ミ”をつけてくれたら、良かったのに」
「どういうこと?」
「”珠子”か”珠実”だったら、どんなにましだったかって、小さい頃からずっと考えてました」
「なるほどね」
「小学生の頃から、どれほどバカにされたか。あだ名は、ブチかタマ決定ですよ」
「ククク。いや、ごめん」
しばらく笑ってから、春人が言った。
「俺は黒部」
その名前を聞いたとたん、珠がはじけるような笑顔になる。
春人はその反応の意味がわからず、目で問いかける。
「きれいな名前ですね!」
珠が憧れるようなまなざしで言った。
「ええと、どこが?」
春人はわけがわからず、聞き返す。
「だって、あの雄大な黒部湖と同じ名前なんて。素敵な名前でうらやましいです」
「はあ」
「名前呼ばれる度、うれしくなりませんか?」
珠がキラキラした瞳で聞いた。
「いや、別に……」