雪恋ふ花 -Snow Drop-
ここまで名前について感心されたのは、実は初めてだった。
「また行きたいなあ、黒部」
「なんか、複雑なんだけど。そんなふうに、うっとり見つめられると」
「あ、すみません。私よく、友達から勝手にトリップするって、叱られるんです」
そう言うと、珠はクフフと笑った。
「それで、何と呼べばいいかな?」
「別にいいですよ、ブチでもタマでも」
「えっと……、じゃあ、珠ちゃんでいいかな? 言っとくけど、カタカナの”タマ”じゃないからな。ちゃんと漢字で呼んでるから」
これまでそんな気遣いをしてくれた人は身の回りにいなかったので、珠は内心で驚いていた。
こんな人もいるんだ。
「あの。黒部さんのことはなんて?」
「俺も一緒だよ」
「え?」
「名前でからかわれたのは」
「黒部なのに?」
そう言って、珠が目を丸くした。
「そう、黒部だから。”クロベエ”か”クロ”、そのどっちかだったよ。犬じゃねえっての。だから、苗字に愛着なんかないんだ」
「そっかあ」
「大人になってからは、みんな”ハル”って呼ぶから、おまえもそれでいい」
「ハルさん、なんですね。下の名前まできれい」
珠がまた遠い目をする。
「正しくは、ハルトだけどな」
「どんな漢字書くんですか?」
「春に人」
それを聞いて、とたんに珠が笑顔になる。
「春の人かぁ。だから、春みたいにあったかいんですね。いいなあ、きれいな名前の人は。じゃあ、私も漢字で”春”さんって呼びますね」
珠はまたフフフと笑った。