風の放浪者
それは、エリザの無知をあざ笑うものであった。
人間は馬鹿で愚かで、どうしようもない生き物。
そう思っているかのような冷徹な態度に、エリザはレスタと視線を合わすことができなった。
「いや、物は試しさ。駄目だと判断したら、後はお前達の好きにしていい。僕は、関係ない」
「……御意」
「さて、この世界の本来の姿というものを教えてあげよう。そう、人間達が犯した罪を――」
語り部のように述べていくユーリッドに対し、エリザは息を呑む。
信じてきたことが偽りで、彼が語ることが真実。
そして語られるひとつひとつに、エリザの心は潰れる寸前だった。
「人は、この世界を汚した。己のみが生きていると思い込み、他の命など見向きもしない。所詮、人はか弱い生き物。しかし、大勢が集まればひとつの理を破壊することは可能だ。それが、千年前に起こった」
〈時の眠り〉と呼ばれ、現代にまで語り継がれている神話。
それは人間の驕りから生み出された、自然の成り立ちを狂わすものであった。
多くの生命が死に絶えたと伝えられているが、事実は大きく異なる。
本当は人間の罪を隠す為に、嘘で塗り固めた偽りの神話といっていい。
「……世界は一度、崩壊したのでは?」
「崩壊はしたよ。人間の手によって。それは、争いによってだ。人間は己の欲を満たす為に、自然を平気で壊す。結果、他者も巻き込んでしまい世界全ての崩壊に繋がってしまった」
一度崩壊したものを本来の姿に戻すには、長い年月が必要となってしまう。
人間は、そのことを精霊に頼った。
自分達の罪を棚に上げ「我等を救いたまえ」と、懸命に祈りを捧げる。
それは実に自己中心的な考え方であり、今でも精霊はこの時の光景を鮮明に覚えているという。
「世界は、癒されました」
「そう、竜の力によって。その者は、世界を生み出した白き竜。また、精霊達の王。彼が、この世界を再生した人物といっていい。しかし、白き竜が人間の祈りを聞いたわけではない。人間を含め、多くの生命を助ける為に行っただけ。それだというのに、人間達は……」
「人間は、我等が王を冒涜した」
刹那、レスタの指先がエリザの首に触れる。
先程とは違い本気で首を絞めようとしているのか、指が動いていく。
すると白い肌から赤い液体が流れ出し、レスタの指先を染めて上げる。
首筋から伝わる微かな痛みにエリザは目を閉じ歯を食いしばるが、溢れ出た涙は頬を伝った。