風の放浪者
「主を精霊と一緒にするな。我等精霊は、主に従う存在。それ以上でもなければ、それ以下でもない」
レスタは自身の胸元に手を当てると、ユーリッドに向かい軽く頭を下げ忠誠の意思を見せる。
フリムカーシと態度は異なっていたが、主人に抱いている敬愛の念は一緒であった。
彼等が見せる態度に、エリザはひとつの言葉を思い出す。
それは、司教に教えられた言葉だった。
竜は存在する。
脳裏にその言葉が過ぎった瞬間、エリザは逃げるという行為に及んだ。
しかし、高位の精霊相手にそれは不可能であった。
勿論そのことはわかっていたが、身体が勝手に動き出す。
彼女の失礼な態度にレスタは素早く動くとエリザの服を掴み、無理矢理引き戻してしまう。
「逃がさぬ。お前達は、過去も同じことをした」
「そう。マスターを傷付けて、そして人間達は逃げていった。己の欲を手に入れてしまえば、その後はどうなってもいい。その為、マスターは長き眠りにつかなければいけなかった」
「我は覚えている。あの時の主(あるじ)の姿を……」
冷たい指が首筋を這い、エリザの細い首を絞める。
徐々に加わる力に、エリザはある名前を叫ぶ。
それは上から教えられた名前であったが、レスタの行動を制するには十分な効果があった。
お許しください、リゼル様。
「……名前は、正しく伝わっているんだ」
無我夢中で発した名前に、ユーリッドは微笑を浮かべていた。
そして徐に纏っていた服に手をかけると、服を脱ぎ出していく。
その光景にエリザは一瞬にして顔を真っ赤に染め横を向いてしまうが、レスタに頭を鷲掴みにされ無理矢理視線をもとの位置に戻されてしまう。
「思い出す度に、全身に激痛が走る。そして、当時の傷は今も残っている。そう、消えることはない」
服を脱ぎだしたことに驚くエリザであったが、服の下から表れた素肌に息を呑み言葉を失う。
それは、身体の至る所に刻まれていた生々しい傷跡が視界の中に飛び込んできたからだ。
これは、切り傷ではない。
完全に、刺し傷といっていいものであった。
「何故、人間はこのような行為を行ったのか。私が、一体何をしたというのだ。私は、ただ世界を癒しただけだ。あるべき姿に戻しただけだ。それだというのに実に、創造の対象物に食われるということは、気持ちがいいものではない。寧ろ不愉快で、気分が悪い」