小咄
 さて一方あきのほうは、クライアントのところに行く前に、昼食を摂るため六郎と二人で、とあるカフェに入った。

「あきさんも、すでに一人でお客様対応が出来るんですね」

 少し感心したように言う六郎に、カフェラテを飲みながら、あきは手を振った。

「あたしなんて、まだまだですよ。課長や千代姐さんが下地を作ってくれたところを引き継いだだけですし」

「そうか。やっぱり下地があるのとないのとでは違うんですかね。真砂課長が新規客を開拓するっていうのも、ちょっと意外といえば意外だけど」

「そうですか?」

「いや、何となく近寄りがたい雰囲気だし。自分から相手にがんがん話を振るタイプでもなさそうでしょ」

 ああ、とあきは納得したように頷いた。
 運ばれてきたベーグルサンドの包みを開けながら、面白そうに六郎を見る。

「そうね。六郎さんはお客さんみたいなもんだものね。初見で課長を、そう思ったってことは、皆もそう思うってことだわ」

「でも今まで見た限り、真砂課長が行くと、お客さんは凄く嬉しそうだし、不満も出ない。特に必要以上に喋らないのに、絶大な信頼を得ているようです」

 六郎もベーグルサンドを食べながら、これまた心底感心しつつ言う。

「そりゃあね。課長は顔が良いだけでなく、仕事も出来るもの。お客さんの心も、ばっちり鷲掴みよ」

 ふふふ、と笑う。
 そして、少し目尻を下げて六郎を見た。

「何だかんだ言っても、ほら、深成ちゃんとかの面倒見も良いでしょ?」

 若干強引に、話題を己の興味の方向へ持っていく。
 六郎が、少し首を傾げた。

「そうなのかな。いやでも、昨日は来るなりいきなり深成ちゃんを蹴り上げたし。確かにその後は面倒見てたけど、う~ん、ちょっと女の子に対する態度じゃないなぁ」

「あらそれは。深成ちゃんが迂闊だっただけですよ」

 ベーグルで口元が隠れているのをいいことに、口角を上げたまま、あきは意味深なことを言う。

「ところで昨日、深成ちゃん、どうでした?」

 不意に、あきが少し身を乗り出した。
 え? と聞き返す六郎に、ほらほら、と指を振る。

「六郎さん、深成ちゃんを送って行ったじゃないですか。寝ちゃったりしませんでした?」

「あ、ああ。眠そうではあったけど、大丈夫だったよ。それにしても」

 六郎が手を拭きつつ、息をつく。

「深成ちゃん、凄いマンションに住んでるのに、ちょっとびっくりした。てっきり家族と住んでるんだと思ってたけど」

 今度はあきが、え? と首を傾げた。

「十階建てぐらいの、綺麗なマンションだったよ。行ったことある?」

 六郎の説明に、あきは訝しげな顔をした。
 あきはこの前、深成のマンションに行っている。
 三階建ての、小さなハイツだった。

「……それって、どの辺りです?」

 あきの目尻が、ぐーーっと下がる。
 六郎はちょっと考えて、あ、と思い出したように口を開いた。

「小松町かな。初め、深成ちゃん、小松町駅までって言ってたから」

 ぴこーんと、あきの脳内であることが閃いた。
 真砂がインフルで病欠だったとき、夜に深成を見かけたのは、確か『小松町駅』だった。
 深成のマンションの最寄り駅ではない。

---あららっ。てことは昨日の夜も、直接そこに行ったってことだわ。ははぁ、だから今日の格好も、若干昨日と被ってるんだ。あの上着は多分男物……。うわぉ---

 男のところに泊まったんだ、と確信し、あきは俯いて、にまにまと頬を緩めた。

---誰かしら? やっぱり課長? ていうか、もう八割九割課長よね! ああっ課長の住所を調べたい!!---

 六郎の存在も忘れて悶絶する。
 そんなあきを、今度は六郎が訝しげな表情で見た。

「どうかした?」

「あ、いえ」

 慌てて顔を上げたあきは、ふと六郎をまじまじと見た。

---そういや六郎さんは、深成ちゃんを気に入ってるみたいだった---

 ちょっと意地悪な考えが湧き起る。
 あきはわざと、納得いかないような顔で、大きく首を傾げて見せた。

「おかしいなって。だってあたし、前に深成ちゃんの家に行ったことありますけど、小さいハイツでしたもん。駅も小松町駅じゃなかった」

「え、でも……。普通にマンションの中に入って行ったよ? 別に誰を呼び出すでもなく、ロックも外してたし」

 またまたあきは、目尻をぐーーーーっと下げた。
 何といい情報源なのか。

---ほおぉぉ~。すでに合鍵を持ってるってことね。呼び出す手間もないってことは、相手はまだ帰ってないって状況も考えられるわ。課長は二次会に引っ張られたし、やっぱり課長の可能性が高いわね---

 うひょひょひょ、と内心小躍りのあきが、それをそのまま表情に乗せた。
 にこりと笑いながら、納得したように、六郎の心をがっつり抉る言葉を吐く。

「あ、じゃあきっと、彼氏さんのお家に行ったんですね」

 あきの想像以上に、六郎の顔が引き攣った。
 誰が見ても明らかなほど動揺する。
 手に持ったコーヒーが、波打ちすぎてこぼれそうなほどだ。

 わかりやすっ! と内心大笑いしながら、あきは何食わぬ顔でカフェラテを飲んだ。
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