小咄
 夕方、あきと六郎が会社に戻ると、深成と捨吉がチョコレートを食べていた。

「あ、お帰り~。あきちゃんも食べる?」

 ピックに刺した四角いチョコを、ずいっと差し出す。

「社長のお土産だって。ロ○ズの生チョコだよ~」

 深成の差し出したチョコをぱくりと口に入れ、あきは改めて深成の服装を見た。
 そして、ちらりと上座を見る。

---さすがに会社の様子だけじゃわかんないわ。課長の私服とか、見たことないし。ああ、課長の住所、どうやったらわかるかしら---

 う~む、と他の者からするとどうでもいいことで頭を悩ませていると、深成が下から覗き込んできた。

「どうしたの、あきちゃん。何か難しいことでも起こったの?」

「あ、ううん。全然平気。大丈夫よ」

 にこ、と笑って席に荷物を置いてから、あきは上座の真砂へ報告に行った。

「六郎さんも食べる?」

 深成が前の席に帰って来た六郎にもチョコを勧める。
 残念ながら、こちらは箱を差し出されただけだ。
 心なしか青い顔の六郎が、ありがとう、と呟いて、チョコを一つ取った。

 しばらくPCに向かっていた六郎だが、昼間のあきの言葉が気になって仕方ない。

---み、深成ちゃんには彼氏がいるのか……。しかも、お泊りするほどの仲ということは……み、深成ちゃんは……---

 考えれば考えるほど、六郎の顔が赤くなる。
 いくら子供っぽいとはいえ、深成だって一応大人だ。
 そういう経験があったっておかしくないはずなのに、六郎にはどうしても信じられない。

 ……信じたくない部分も大きいのだろうが。
 それにしても、こんなことを考える辺り、六郎も何気にむっつりである。

 六郎が赤い顔で悶々としている間に、深成は印刷した資料にハンコを押すと、それをまとめて立ち上がった。

「さて。ちょっと資料室に行ってくるね」

 戻って来たあきに言い、大量の資料を抱えて、よろよろと歩いて行く。
 資料室はフロアの端にある小さな部屋だ。

「深成。手伝おうか?」

 捨吉が声をかけるが、深成は前を向いたまま、ふるふると首を振った。

「大丈夫だよ。そこだし」

 そのままよろよろとフロアの端まで行き、資料室に入ると、電気をつけて入ったところにある小さな作業台に、持っていた資料を置いた。

「んっと、今月の決裁資料は……。あ、あそこだね」

 資料室の奥の棚に走り、上のほうにあるファイルに手を伸ばす。

「ん~……。もうちょっと……」

 運悪く一番上の棚にあるファイルに用事があるのに、深成の背では届かない。
 爪先立ちで一生懸命手を伸ばしていると、後ろから伸びた手に、目的のファイルが、ひょい、と取られた。

 え、と驚いた拍子にバランスを崩す。
 よろ、と転びそうになった深成を、背後に立っていた真砂が抱き留めた。

「あ、課長。びっくりした」

 深成を抱いたまま、真砂はファイルを傍の棚に置いた。

「昼は特に何もなかったか?」

「ん? うん。エビフライ貰っただけ」

「食い物で釣られるなよ」

「失礼な。ちゃんとわらわのハンバーグをお返ししたし、借りはないもん」

 昼に羽月も一緒にランチに行ったことが気になっていたらしい。
 真砂は見かけによらず、結構独占欲の強いやきもち焼きかもしれない。

「今日もこのまま、家に来るか?」

 きゅ、と少し、真砂の腕に力が入る。

「ん、うん。そうしよっかな……て、か、課長」

 はた、と気付き、深成は少し身を捩った。
 真砂に後ろから抱き締められている状態だ。

「ちょ、ちょっと……。こ、こんなところじゃマズいよ……」

 焦る深成を腕の中に収めたまま、真砂は軽く周りを見回した。
 そして、くるりと深成の身体を反転させ、向かい合う。

「ドアは閉まってるから、大丈夫だよ」

 言いつつ、真砂が顔を寄せる。
 逃げようにも、背後は棚で下がれない。

 わたわたしているうちに、深成の唇は真砂の唇で塞がれた。
 きゅ、と深成の手が、真砂のシャツを掴む。
 いつもよりも危険な状況に、深成の身体が震える。

 少し長めのキスの後で、真砂がようやく唇を離した。
 膝が折れそうになり、深成が真砂にしがみつく。

 そのとき、がちゃ、と音がして、ドアが開いた。
 真砂が振り向くと、六郎が立っている。

「……あ……。あの、書類が一つ残っていたので」

 驚いたような顔の六郎が、手に持った書類を少し上げて言った。

「ああ、じゃあさっきのと合わせて、ファイルしておいてくれ」

 さっきまでの甘やかな雰囲気が嘘のように平然と言い、真砂は深成を離した。
 そして、さっさと部屋を出て行く。
 真砂の背中を見送りながら、六郎は雷に打たれ、ぶすぶすと煙を上げる脳みそで考えた。

---さ、さっき、真砂課長と深成ちゃんは、抱き合ってなかったか? と、というか、ま、真砂課長が深成ちゃんに覆い被さっていたような……! ま、まさかっ……!---

 深成のいる棚は、部屋の最奥だ。
 間にいくつもの本棚があるし、入ってきてもすぐに目には入らない。
 しかも背を向けていた真砂に、深成はすっぽりと隠れていたので、実際何があったのかは、はっきり見えたわけではないのだ。

 だが密着していたからこそ、深成の姿が見えなかったのではないか?
 そしてこのような他の者の目がない空間で、二人きりで……と、ここまで考え、六郎はまた、やたらと顔が熱くなった。
 実は六郎、部屋に入った瞬間に、相当な衝撃を受けていたのだ。
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