小咄
「あ、み、深成ちゃん。あの、どうしたの……?」
おずおずと、六郎は深成に声をかけた。
深成は棚から引き抜いたファイルを持って、作業台に置くと、ちらりと六郎を見た。
若干頬が紅潮している。
六郎ほどではないが。
「……何が?」
「い、いや。その、真砂課長がすぐ傍にいたから……」
何とも歯切れの悪い言い方だ。
深成は、ああ、と呟いた。
「わらわがファイルを取れなくて困ってたからさ、課長が取ってくれたの。ほら、一番上の棚まで、わらわ届かないし。こけそうになってさ」
「そ、そっか。そうだね、ちょっと高すぎるね」
ほ、と安心したように、六郎が棚を見上げて笑った。
---そうだよな。まさかこんなところで、そんな変なことはしないだろう。大体真砂課長は、深成ちゃんを蹴り上げるぐらいだし---
その後の深成に対してのお世話や、先ほどファイルを取ってくれた、ということなどは優しさと言えなくもないが、どうしても六郎は、あの飲み会での真砂の所業が頭にある。
自分であれば、女の子に、まして好きな子になど、絶対にあんなことはしない。
なので真砂が深成を好いている、とは考えられないのだ。
その分、深成が真砂を好いているのであれば、それは『可哀想』となる。
好いてもくれない乱暴な男を一途に想う可哀想な深成を守ってやりたい、という想いが強くなるのだ。
勝手な想像だが。
---いやでも、あきさんは確か、深成ちゃんには彼氏がいるって……---
ふと忘れていた昼間の衝撃発言が思い出される。
だとすると、真砂を一途に想う、というのはおかしいのではないか?
意を決し、六郎はファイリングを手伝いながら、深成に問い質すことにした。
「ねぇ深成ちゃん。深成ちゃんって、彼氏いるの?」
「え? 何で?」
少し、深成の目が泳ぐ。
心が折れそうになりながらも、六郎は続けた。
「今日、あきさんが言ってたから。昨日送ったマンション、彼氏の家なの?」
ひく、と深成の顔が引き攣った。
元々嘘のつけない深成は、咄嗟に誤魔化すということも上手くない。
明らかに目を泳がせ、う~ん、と困ったような声を上げた。
「か、彼氏……ていうか。えっとぉ……。うん……まぁ……」
ごにょごにょと言う。
がーん、と六郎が青ざめる。
が、深成の歯切れの悪さも気になる。
---ま、まさか、援助交際的な何かとか……。い、いや、学生じゃないんだし。でもこの言い方だと、『彼氏』というわけではないのか? そんな関係でもないのに、夜に家に行くとなると……。まさかまさか、借金のかたに、怖い人に囲われてるとか?---
やばい映画の見過ぎではないのか、という思考回路で、六郎は青くなりつつ深成を見つめた。
六郎の視線から逃れるように、深成はファイリングに集中している。
早くここから去りたいのがバレバレだ。
「だ、駄目だ! 深成ちゃん、そんな人に、いいようにされてたら駄目だよ!」
いきなり六郎が、がばっと深成の肩を掴んだ。
ビビった深成が、最後の書類を取り落す。
「えっ。な、何?」
「そんな、深成ちゃんを苦しめるような人の言いなりになんて、なる必要ない! 何か事情があるんだろう? 私が深成ちゃんを助けてあげるから!」
深成の両肩を掴んで、熱く訴える。
きっと家の事情か何かで、力ある大物に仕える状況に追いやられているのだろう。
このいたいけな深成を毎夜いいようにしているとは、何たる鬼畜なのか。
いつの時代だ、という設定だが、もう六郎は、そうとしか考えられず、目をぱちくりさせる深成にもお構いなしだ。
「深成ちゃん、無理しないでいいんだよ。今日から私が、ちゃんと家まで送り届けてあげるから。途中で何があっても、ちゃんと守るから!」
「……え~っと? あ、あの……何の話?」
深成からしたら、六郎の言うことなど、さっぱりわけがわからない。
先程にもまして困ったように、眉を下げている。
「あのマンションに住んでる人間が、深成ちゃんの意思とは関係なく、深成ちゃんをいいようにしてるんだろう?」
とんでもない話だ、と憤慨する六郎に、深成は少し首を傾げた。
確かに真砂には、何かいいようにあしらわれているような気はする。
わらわの意思とは関係なくキスするし、と思い、でも自分からもしたことあるな、と赤くなる。
「い、いいんだよ。だってわらわ、その人のこと好きだもん」
赤い顔のまま言い、えへへ、と笑う。
---辛くても、そいつのことを庇うのか! きっとそいつの元から逃げられないよう、証文を押さえられているんだな。何て不憫なんだ---
江戸時代の遊女か。
最早六郎は、深成が苦しい状況でも甘んじて受け入れる、いたいけな少女にしか見えない。
くっ……と辛そうに首を振り、次の瞬間、六郎は深成を抱き締めた。
「深成ちゃんっ! 私が……」
「いやーーーっ!! かちょーーーーっっ!!」
六郎の決意の告白は、深成の叫び声に掻き消された。
同時に、どーーん!! と突き飛ばされる。
そのまま深成は、ばたーん! とドアを破る勢いで飛び出していった。
が、この資料室はあくまで営業のフロアの一画だ。
飛び出したところで、そこは営業部。
当然叫び声も聞こえているだろう。
皆の視線が、飛び出してきた深成に集まる。
---あ、やばい---
さすがの深成も、一瞬で我に返った。
「派遣ちゃん? どうしたんだ」
資料室の一番近くは二課である。
清五郎が、驚いた顔で駆け寄ってきた。
「む、虫ーーっ」
そう叫んで、深成は資料室を指さした。
いきなりG(書くのも嫌なアレ)などが飛び出して来たら、叫び声も上げるだろう。
ふるふると震える深成に、皆が納得する。
「えっ! だ、大丈夫っ? 退治してあげるよっ」
羽月が張り切って、その辺のいらないと思われる雑誌を丸めて資料室に飛んでいく。
「そんなに泣かなくても。おっ、真砂。いつの間に」
よしよしと深成を撫でていた清五郎が、驚いたように顔を上げた。
見ると真砂が立っている。
おずおずと、六郎は深成に声をかけた。
深成は棚から引き抜いたファイルを持って、作業台に置くと、ちらりと六郎を見た。
若干頬が紅潮している。
六郎ほどではないが。
「……何が?」
「い、いや。その、真砂課長がすぐ傍にいたから……」
何とも歯切れの悪い言い方だ。
深成は、ああ、と呟いた。
「わらわがファイルを取れなくて困ってたからさ、課長が取ってくれたの。ほら、一番上の棚まで、わらわ届かないし。こけそうになってさ」
「そ、そっか。そうだね、ちょっと高すぎるね」
ほ、と安心したように、六郎が棚を見上げて笑った。
---そうだよな。まさかこんなところで、そんな変なことはしないだろう。大体真砂課長は、深成ちゃんを蹴り上げるぐらいだし---
その後の深成に対してのお世話や、先ほどファイルを取ってくれた、ということなどは優しさと言えなくもないが、どうしても六郎は、あの飲み会での真砂の所業が頭にある。
自分であれば、女の子に、まして好きな子になど、絶対にあんなことはしない。
なので真砂が深成を好いている、とは考えられないのだ。
その分、深成が真砂を好いているのであれば、それは『可哀想』となる。
好いてもくれない乱暴な男を一途に想う可哀想な深成を守ってやりたい、という想いが強くなるのだ。
勝手な想像だが。
---いやでも、あきさんは確か、深成ちゃんには彼氏がいるって……---
ふと忘れていた昼間の衝撃発言が思い出される。
だとすると、真砂を一途に想う、というのはおかしいのではないか?
意を決し、六郎はファイリングを手伝いながら、深成に問い質すことにした。
「ねぇ深成ちゃん。深成ちゃんって、彼氏いるの?」
「え? 何で?」
少し、深成の目が泳ぐ。
心が折れそうになりながらも、六郎は続けた。
「今日、あきさんが言ってたから。昨日送ったマンション、彼氏の家なの?」
ひく、と深成の顔が引き攣った。
元々嘘のつけない深成は、咄嗟に誤魔化すということも上手くない。
明らかに目を泳がせ、う~ん、と困ったような声を上げた。
「か、彼氏……ていうか。えっとぉ……。うん……まぁ……」
ごにょごにょと言う。
がーん、と六郎が青ざめる。
が、深成の歯切れの悪さも気になる。
---ま、まさか、援助交際的な何かとか……。い、いや、学生じゃないんだし。でもこの言い方だと、『彼氏』というわけではないのか? そんな関係でもないのに、夜に家に行くとなると……。まさかまさか、借金のかたに、怖い人に囲われてるとか?---
やばい映画の見過ぎではないのか、という思考回路で、六郎は青くなりつつ深成を見つめた。
六郎の視線から逃れるように、深成はファイリングに集中している。
早くここから去りたいのがバレバレだ。
「だ、駄目だ! 深成ちゃん、そんな人に、いいようにされてたら駄目だよ!」
いきなり六郎が、がばっと深成の肩を掴んだ。
ビビった深成が、最後の書類を取り落す。
「えっ。な、何?」
「そんな、深成ちゃんを苦しめるような人の言いなりになんて、なる必要ない! 何か事情があるんだろう? 私が深成ちゃんを助けてあげるから!」
深成の両肩を掴んで、熱く訴える。
きっと家の事情か何かで、力ある大物に仕える状況に追いやられているのだろう。
このいたいけな深成を毎夜いいようにしているとは、何たる鬼畜なのか。
いつの時代だ、という設定だが、もう六郎は、そうとしか考えられず、目をぱちくりさせる深成にもお構いなしだ。
「深成ちゃん、無理しないでいいんだよ。今日から私が、ちゃんと家まで送り届けてあげるから。途中で何があっても、ちゃんと守るから!」
「……え~っと? あ、あの……何の話?」
深成からしたら、六郎の言うことなど、さっぱりわけがわからない。
先程にもまして困ったように、眉を下げている。
「あのマンションに住んでる人間が、深成ちゃんの意思とは関係なく、深成ちゃんをいいようにしてるんだろう?」
とんでもない話だ、と憤慨する六郎に、深成は少し首を傾げた。
確かに真砂には、何かいいようにあしらわれているような気はする。
わらわの意思とは関係なくキスするし、と思い、でも自分からもしたことあるな、と赤くなる。
「い、いいんだよ。だってわらわ、その人のこと好きだもん」
赤い顔のまま言い、えへへ、と笑う。
---辛くても、そいつのことを庇うのか! きっとそいつの元から逃げられないよう、証文を押さえられているんだな。何て不憫なんだ---
江戸時代の遊女か。
最早六郎は、深成が苦しい状況でも甘んじて受け入れる、いたいけな少女にしか見えない。
くっ……と辛そうに首を振り、次の瞬間、六郎は深成を抱き締めた。
「深成ちゃんっ! 私が……」
「いやーーーっ!! かちょーーーーっっ!!」
六郎の決意の告白は、深成の叫び声に掻き消された。
同時に、どーーん!! と突き飛ばされる。
そのまま深成は、ばたーん! とドアを破る勢いで飛び出していった。
が、この資料室はあくまで営業のフロアの一画だ。
飛び出したところで、そこは営業部。
当然叫び声も聞こえているだろう。
皆の視線が、飛び出してきた深成に集まる。
---あ、やばい---
さすがの深成も、一瞬で我に返った。
「派遣ちゃん? どうしたんだ」
資料室の一番近くは二課である。
清五郎が、驚いた顔で駆け寄ってきた。
「む、虫ーーっ」
そう叫んで、深成は資料室を指さした。
いきなりG(書くのも嫌なアレ)などが飛び出して来たら、叫び声も上げるだろう。
ふるふると震える深成に、皆が納得する。
「えっ! だ、大丈夫っ? 退治してあげるよっ」
羽月が張り切って、その辺のいらないと思われる雑誌を丸めて資料室に飛んでいく。
「そんなに泣かなくても。おっ、真砂。いつの間に」
よしよしと深成を撫でていた清五郎が、驚いたように顔を上げた。
見ると真砂が立っている。