小咄
さて一方深成のほうは、追いかけてきた片桐に抱きついて、声が枯れるほど泣き喚いた。
大声で泣いたので、頭がくらくらする。
「てことでね、今回のことは、社長に頼まれたお仕事だったのよ」
日が落ちた頃に、ようやく一段落した深成は、あの後すぐに追いかけてきたあきと捨吉と共に、片桐の店にいた。
今は一通り、今回の説明をあきから聞いたところだ。
「社長もちょっと心配になったみたいでね。ほら、金曜日に課長、また呼ばれてたでしょ。あ、深成ちゃんが帰った後だったかな? もうその頃から課長、おかしくてさ。社長に呼ばれてもわからないわ、清五郎課長が目の前で机を叩かないと気付かないわで、その後社長にあたしが呼ばれたの。で、今回のことを打ち明けられたってわけ。土曜までの辛抱だって。でも真砂課長の様子で心配になったみたいで、見届け人っていうの? を頼まれてね。今日行くお店も教えて貰ったのよ」
「金曜の夜ね、子兎ちゃんが寝ちゃってから、あきちゃんが来てね、今日のこと聞いたの。で、これはもう現場で解決したほうがいいってなって、あたしも計画に乗ったわけ」
片桐がカウンターの向こうで、夕飯を作りながら言う。
「でもびっくりしましたよ。深成ちゃんが片桐さんのところに泊まってるなんて」
「あのときは、子兎ちゃんの彼氏は酷い奴、としか思ってなかったもの。帰す気なんかなかったわよ。可愛い子兎ちゃんを悲しませる奴なんて、お仕置きしないとね」
言いつつ片桐は、深成にウインクする。
並みの女子なら、これだけで落ちるだろう。
「え、もしかして、片桐さんは本気で深成ちゃん狙い?」
「さぁ~。どうかしら」
妖艶な笑みを浮かべて、片桐がカウンターに並んで座る三人の前にピザを出す。
「さ、子兎ちゃんも、泣いたらお腹空いたでしょ? いっぱい食べな」
真っ赤な目で項垂れる深成は、まだ浮上していない。
今回のことはお芝居だった、とは聞いたが、それだけですっきりするほど単純ではない。
真砂からは、何も聞いていないのだ。
「それならそうと、言ってくれれば良かったのに……」
喋るとまだ涙腺が緩む。
大声で泣いたので喉も痛い。
「それはね、深成ちゃんにいらぬ心配をさせないためよ。社長も、深成ちゃんには言わないほうがいいんじゃないかって言ったみたい。真砂課長は、そもそも役割に自信がないから清五郎課長に頼んでくれって言ったらしいんだけど、それは社長が却下したらしくてね」
「何で? わらわも清五郎課長のほうが上手にできると思う」
「あたしもそう思う。さらに言うと、千代姐さんに隠すのも上手いと思うわ。けどね、そこは千代姐さんだもの、きっと気付くわ。で、気付いたら、あそこのほうがややこしいと思う」
「え、そうかなぁ? 俺も真砂課長よりも清五郎課長のほうが、絶対いいと思うけど?」
捨吉が、納得できないような顔をした。
ここは何でも爽やかにこなせる清五郎を使うべきだろうに。
が、あきは、ちちち、と指を振った。
「表向きはね、上手くかわせると思うわよ。千代姐さんも大人だからね。でもねぇ、女側からすると、疑惑の種が一旦芽生えたら、それは雑草のようにしつこく残るのよ」
きらりと、あきの目が光る。
その迫力に、う、と捨吉が固まった。
「あそこは二人とも大人なだけに、対応も大人になると思う。千代姐さんが気付いて聞いたとして、清五郎課長がいつものように答えるでしょ。ここは素直に、いや、社長から頼まれて、と説明すると思うのね。実際そうだし。そうすると千代姐さんは、あら、そう、と引く。で、それっきり。表向きは仲直りだけど、さてほんとにそうかしら?」
「大人な女はプライドが邪魔して、問い詰めるってことをしないからね。あっさり認められたら余計に」
オネェなだけに女心がわかるのか、片桐が相槌を入れる。
「清五郎課長の欠点かもね。誰にでも平等に、爽やかに接するでしょ。千代姐さんに対する態度も、お芝居の態度も、多分そう変わんないわ。だからこそ、千代姐さんは清五郎課長を信じられなくなるの」
「な、なるほど」
「そういうことがあったからって、千代姐さんを物凄く甘やかすってこともしないだろうしね」
「そうね。大事な子の不安を嗅ぎ取ったら、もうべったべたに甘やかさないと駄目なのよ。わかった?」
片桐が、捨吉に向かって顔を突き出す。
そ、そうなんだ、と気圧されながら、捨吉は頷いた。
「その点、真砂課長は、こういうことがあった後は、深成ちゃんをべったべたに甘やかすでしょ。どんだけ深成ちゃんが不安に思っても、最後にはちゃんと真砂課長がわかりやすい形でフォローしてくれるってわかるから、社長は真砂課長に頼んだの」
「……」
「社長だって、下手に人の恋を壊すようなことしないわよ」
すん、と鼻を啜り、深成はピザにかぶりついた。
「あとはまぁ、課長次第ね。きっと悶々としてるわよ。そういえば、目が赤かった。昨日寝てないんじゃないかしら」
ぷぷぷ、とあきが口を押さえる。
深成のダメージも相当だが、真砂のダメージはそれ以上のようだ。
これで本当に深成が真砂の元から去ったら、どうなってしまうのだろう。
大声で泣いたので、頭がくらくらする。
「てことでね、今回のことは、社長に頼まれたお仕事だったのよ」
日が落ちた頃に、ようやく一段落した深成は、あの後すぐに追いかけてきたあきと捨吉と共に、片桐の店にいた。
今は一通り、今回の説明をあきから聞いたところだ。
「社長もちょっと心配になったみたいでね。ほら、金曜日に課長、また呼ばれてたでしょ。あ、深成ちゃんが帰った後だったかな? もうその頃から課長、おかしくてさ。社長に呼ばれてもわからないわ、清五郎課長が目の前で机を叩かないと気付かないわで、その後社長にあたしが呼ばれたの。で、今回のことを打ち明けられたってわけ。土曜までの辛抱だって。でも真砂課長の様子で心配になったみたいで、見届け人っていうの? を頼まれてね。今日行くお店も教えて貰ったのよ」
「金曜の夜ね、子兎ちゃんが寝ちゃってから、あきちゃんが来てね、今日のこと聞いたの。で、これはもう現場で解決したほうがいいってなって、あたしも計画に乗ったわけ」
片桐がカウンターの向こうで、夕飯を作りながら言う。
「でもびっくりしましたよ。深成ちゃんが片桐さんのところに泊まってるなんて」
「あのときは、子兎ちゃんの彼氏は酷い奴、としか思ってなかったもの。帰す気なんかなかったわよ。可愛い子兎ちゃんを悲しませる奴なんて、お仕置きしないとね」
言いつつ片桐は、深成にウインクする。
並みの女子なら、これだけで落ちるだろう。
「え、もしかして、片桐さんは本気で深成ちゃん狙い?」
「さぁ~。どうかしら」
妖艶な笑みを浮かべて、片桐がカウンターに並んで座る三人の前にピザを出す。
「さ、子兎ちゃんも、泣いたらお腹空いたでしょ? いっぱい食べな」
真っ赤な目で項垂れる深成は、まだ浮上していない。
今回のことはお芝居だった、とは聞いたが、それだけですっきりするほど単純ではない。
真砂からは、何も聞いていないのだ。
「それならそうと、言ってくれれば良かったのに……」
喋るとまだ涙腺が緩む。
大声で泣いたので喉も痛い。
「それはね、深成ちゃんにいらぬ心配をさせないためよ。社長も、深成ちゃんには言わないほうがいいんじゃないかって言ったみたい。真砂課長は、そもそも役割に自信がないから清五郎課長に頼んでくれって言ったらしいんだけど、それは社長が却下したらしくてね」
「何で? わらわも清五郎課長のほうが上手にできると思う」
「あたしもそう思う。さらに言うと、千代姐さんに隠すのも上手いと思うわ。けどね、そこは千代姐さんだもの、きっと気付くわ。で、気付いたら、あそこのほうがややこしいと思う」
「え、そうかなぁ? 俺も真砂課長よりも清五郎課長のほうが、絶対いいと思うけど?」
捨吉が、納得できないような顔をした。
ここは何でも爽やかにこなせる清五郎を使うべきだろうに。
が、あきは、ちちち、と指を振った。
「表向きはね、上手くかわせると思うわよ。千代姐さんも大人だからね。でもねぇ、女側からすると、疑惑の種が一旦芽生えたら、それは雑草のようにしつこく残るのよ」
きらりと、あきの目が光る。
その迫力に、う、と捨吉が固まった。
「あそこは二人とも大人なだけに、対応も大人になると思う。千代姐さんが気付いて聞いたとして、清五郎課長がいつものように答えるでしょ。ここは素直に、いや、社長から頼まれて、と説明すると思うのね。実際そうだし。そうすると千代姐さんは、あら、そう、と引く。で、それっきり。表向きは仲直りだけど、さてほんとにそうかしら?」
「大人な女はプライドが邪魔して、問い詰めるってことをしないからね。あっさり認められたら余計に」
オネェなだけに女心がわかるのか、片桐が相槌を入れる。
「清五郎課長の欠点かもね。誰にでも平等に、爽やかに接するでしょ。千代姐さんに対する態度も、お芝居の態度も、多分そう変わんないわ。だからこそ、千代姐さんは清五郎課長を信じられなくなるの」
「な、なるほど」
「そういうことがあったからって、千代姐さんを物凄く甘やかすってこともしないだろうしね」
「そうね。大事な子の不安を嗅ぎ取ったら、もうべったべたに甘やかさないと駄目なのよ。わかった?」
片桐が、捨吉に向かって顔を突き出す。
そ、そうなんだ、と気圧されながら、捨吉は頷いた。
「その点、真砂課長は、こういうことがあった後は、深成ちゃんをべったべたに甘やかすでしょ。どんだけ深成ちゃんが不安に思っても、最後にはちゃんと真砂課長がわかりやすい形でフォローしてくれるってわかるから、社長は真砂課長に頼んだの」
「……」
「社長だって、下手に人の恋を壊すようなことしないわよ」
すん、と鼻を啜り、深成はピザにかぶりついた。
「あとはまぁ、課長次第ね。きっと悶々としてるわよ。そういえば、目が赤かった。昨日寝てないんじゃないかしら」
ぷぷぷ、とあきが口を押さえる。
深成のダメージも相当だが、真砂のダメージはそれ以上のようだ。
これで本当に深成が真砂の元から去ったら、どうなってしまうのだろう。