小咄
 深成と惟道はきっかり九時始まりなので、よくエレベーターで一緒になる。
 毎日『いる』と思えば、いつの間にか後ろにいても、さほど驚かなくなった。

「もう大分お仕事もわかってきた? 入力はゆいさんが教えてくれてるし」

 何となく小さい箱の中で、しん、とするのは気まずい。
 話しかけると、惟道はこくりと頷いた。
 昨夜思い切り真砂に甘え、さらに通勤時は惟道はフードを被っているので、あまり目を見ないで済む安心感もある。

「ゆいさん、覚えが早いから助かるって言ってたよ」

 基本的に惟道から話すことはない。
 言われたことに反応するだけ。
 相槌もあまりない。
 が、聞いていないわけではないのだ。

---というか、気付いたことは言うんだよね。……状況考えずに---

 清五郎の前で、深成についたキスマークを指摘したり。
 そんなことを思っていると、まさに惟道が、少し首を傾げた。

「また跡がついてる」

 つい、と耳辺りを指差される。
 慌てて深成は、耳を覆った。

「あの、そういうこと、気付いても言わないでよ」

「言われたくないものか」

「恥ずかしいじゃんっ」

 言ってしまってから、こう言うことで、これが何の跡か自らばらしてしまったことに気付いたが、惟道はやはり、特にそこを突っ込むこともない。
 ただ怪訝な顔をした。

「恥ずかしいことか?」

 いかにも意外そうに言う。
 あれ、もしかしてキスマークってわかってなかったのかな、と思ったが、惟道は全く表情を変えることなく、淡々と口を開いた。

「別に子供ではないのだから、そなただって欲望はあろう」

「なーーっ! 何てこと言うのーーーっ!!」

 言い回しが露骨すぎる。
 顔から火が出る勢いで、深成が惟道に詰め寄った。

「そういうことを普通の音量で言わないでよーっ」

「小声で言えばいいのか」

「そういう問題じゃないー!」

「別におかしなことを言った覚えはない。人であれば当然であろう」

 何をそんなに焦っているのか、という目で、惟道が言う。
 確かにその通りといえばそうなのだが、だからといってこんなに普通に言える内容でもない、と思うのだが。
 それに、当然、と言うその惟道自身には、そういう欲望があるとも思えない。

「意外。惟道くん、何かそういうことには無縁に見えるよ」

 言ってみると、惟道は長い前髪の向こうから深成を見た。

「昨日、あの二課の女子とやったが」

 能面で、さらっと言う。
 同時に、ぽん、と軽い音がし、エレベーターは営業フロアについた。
 目と口を大きく開けたままの深成を残して、惟道が降りていく。

「……降りないのか?」

 ドアの前で振り返った惟道に言われ、ようやく我に返った深成は、エレベーターが閉まる直前に慌てて降りた。
 カードを翳してドアを開けると、惟道は何事もなかったかのように、とっとと二課のほうに行ってしまう。

 まだ脳みそが上手く動かないまま、深成はふらふらと自席についた。
 PCの電源を入れてから、とりあえず落ち着こうとトイレに行くと、洗面台の前で、あきがスマホの画面を睨んでいた。

「あ、あきちゃん。おはよう」

 深成が声をかけると、あきはおはよう、と言いつつ顔を上げ、ちょっと考えた後、持っていたスマホを深成の顔の前に突き出した。

「これ、どう思う?」

 画面はどうやらゆいからのメッセージだ。

<惟道くんをモノにしたよ~(はぁと)>

「え、えっと……」

 もごもごと言いつつ、深成はそのメッセージが送られてきた時間を確かめた。
 二十三時三十分辺り。

「うう……。てことは、やっぱりほんとのことだったんだ」

「え、何のこと?」

「さっきさぁ、エレベーターで惟道くんに会ったんだけど、そんときに、そういうこと言ってた」

「え! ていうか、惟道くんて自らそんなこと自慢するの?」

 思い切り引き気味に言うあきに、深成はぶんぶんと手を振った。
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