小咄
「そうだよ~。大体さ、彼氏がいるって時点で、何で諦めないの?」

 きゃんきゃんと深成が言うと、惟道の視線が彼女に移り、捨吉は知らず息を吐いた。
 目が合ったのは一瞬だったはずだが、背中にじっとり汗をかいている。
 金縛りにあったようだった身体から、急速に力が抜けた。

「今現在彼氏がいるとしても、人の心など移ろうものだ」

「あらっ。若いのにえらく悟りすました子ねぇ」

 片桐がオーバーに驚き、面白そうに惟道に顔を寄せる。

「そうね~。あなた結構いい顔してるし、頑張ったら取れるかもよ?」

「ちょっと片桐さんっ! 何てこと言うのさ。どっちの味方なのーっ」

 深成が、ばん、とカウンターを叩いて立ち上がろうとするが、如何せんカウンター席というのは背が高い。
 立ち上がったところでカウンターから降りると返って低くなってしまうので、深成は上体を浮かすにとどめた。

「恋愛は弱肉強食よ? 欲しいと思った女子に彼氏がいたって、本気だったら行くべきよ。まぁ無理やりってのは感心しないけど、それで来てくれたらいいじゃない。彼氏のほうがちゃんと彼女を繋ぎとめておけば、いくらこっちが頑張ったって女子の気持ちは揺れないだろうし、それで揺れるのであれば、それは彼のほうが悪いのよ」

 美形に言われると説得力があるような(ないような)。
 惟道も、うむ、と一つ頷いた。

「で、でも人から取るのは良くないと思うっ」

「この場合は、取るっていうのとは違うと思うのよねぇ。無理やりなら取ることになるけど、何ら卑怯な手は使ってないわけよ? こっちは気持ちを伝えただけ。それで気持ちがこっちに動いたのは女子のほうよ。自然とそうなったんだから、取ったわけではないわ。彼氏よりもこっちに魅力を感じたってことだしね」

 片桐が説明すればするほど、捨吉が落ち込んでいく。
 別にすでにあきに振られたわけではないだろうが、見た目だけなら惟道のほうが抜群にいい。
 惟道のことをまだよく知らない捨吉からすると、自分で思う勝ち目というものが、あまり見当たらないのかもしれない。

「あ、あんちゃんだって負けてないよっ!」

 深成が必死でフォローを入れる。
 そして、その向こうの惟道に、キッと目を向けた。

「惟道くん、わらわのときは早々に引き下がったじゃんっ。あきちゃんも、そのノリなんでしょ?」

「そなたは何となく、無理だと思ったのだ」

「へ?」

 深成は惟道に、そんなに彼氏について話したことはない。
 そもそも下手に言うとぼろが出るので、元々そういう話はしないのだが。

 惟道が初めに深成がいい、と言ったときも、彼氏がいるから無理、としか言っていない。
 それであれば、あきだって同じはずなのだが。

「そなたから発せられる空気というか、そういうのが彼氏に対してとても強い、というのがわかったのだ」

「ええええっ? え? どういうこと?」

 またも妙なことをしでかしただろうか、と内心深成は非常に焦った。

「どういうこと、と言われても……。そなたが『彼氏がいる』と言ったときに、そなたの心に入り込める余地など微塵もないな、とわかった、としか言えぬ。それだけそなたがその彼氏を想う気持ちが強い、ということなのではないか?」

 能面で淡々と言われ、深成は黙り込んだ。
 顔が熱い。
 確かにその通りなのだが、それをその『彼氏』である真砂の前で他の男から指摘されるというのは、なかなか恥ずかしい。

 カウンターの奥では、片桐が相変わらずにやにやしつつ、深成の隣の真砂を観察した。
 おそらく今現在、真砂はかなり幸せだろう。
 逆に、惟道は続く言葉でかなりの致命傷を捨吉に与えた。

「そういう空気が、あの女子には感じられなんだ。だから、こちらから申し入れれば可能性はあるかも、と思ったのだが」

 目の前で、傍目にも明らかに、捨吉が沈む。
 これに対してどういうフォローを入れれば正しいのかもわからない。
 深成と片桐は、お互い目を合わせて口を噤んでしまった。
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