小咄
「……お前はそういう、人の感情を読み取ることに長けているのか?」

 しん、と静まり返ってしまった店内の空気を、不意に低い声が破った。

「その割に、誰もがわかるような気持ちを汲み取る能力がないのかな」

 真砂が、独り言のように呟きながら、空になったグラスを片桐に渡す。
 先の会話の内容で、真砂は他と違うところが気になったようだ。
 捨吉が、少し訝しげに真砂を見る。

「捨吉の前で、あきの気持ちがさほど捨吉にない、などと言えば、捨吉が傷付く、とは思わないか?」

 真砂はわかりやすく言ったのだが、わかりやすく言えば言うほど内容は残酷になる。
 それを捨吉の前で言う真砂もどうかと思うのだが。

「傷付く?」

 きょとん、と惟道は真砂を見、次いでその間の捨吉を見た。
 まじまじと捨吉の足の先から頭のてっぺんまでを眺める。
 まさかとは思うが、傷を探しているのではあるまいか。

「え、いや、傷付くってのは、何もほんとに身体に傷がつくわけじゃないのよ」

 片桐も冗談めかして言うが、惟道は小さく、「そうなのか」と呟き、首を捻る。
 そういえば、前に千代が惟道の額の傷について言及し、「傷付けてごめん」と言ったときも、惟道は「別に額の傷は、あんたがつけたわけではない」というようなことを言った。
 『傷付く』ということがどういうことか、わかっていないのだ。

 というか、惟道は言葉をそのまましか理解しない。
 『傷付く』というのなら、文字通り身体のどこかに傷がついた、と理解するのだろう。

「う~ん、面白いけど、ちょっと問題ある子ねぇ」

 片桐も瞬時に惟道の思考回路を理解した。
 真砂に新しいグラスを渡しながら、とん、と己の胸を指す。

「人につく傷ってのは、身体につく傷だけじゃないのよ。心にもつくんだからね」

「ココロ?」

 初めて耳にした、というように、惟道が繰り返す。
 そっか、この子、心がないんだ、と深成は気が付いた。

 いや、一応人ではあるのだろうから、心がないわけではない。
 だが全くといっていいほど、心というものを感じられない。
 感情がないという以前に、心そのものがないように感じるのだ。

 真砂との決定的な違いはここにある。
 真砂は感情豊かではないが、ロボットのようではない。
 それはやはり、心を感じられるからだ。

「表面的な感情はわかんないけど、もっと深いところの気持ちの動きは感知できるってことかしら?」

「というか、自分に変な感情がない分、人の気持ちの動きがわかるんじゃないか?」

 上手く説明できないが、真砂は何となくわかった。

「気持ち……というか……。何と言えばいいのかな。その者の……うーん、気を読む……と言ったほうがいいかもな」

 真砂にしては珍しく、悩みつつも惟道の特異体質を説明する。

「だから返って誰もがわかる表面的な気持ちがわからないってことか」

「ふ~ん。まぁ……必要以上にある部分に敏感になると、簡単なところが鈍感になるっていうものね」

 ざっくりと片桐がまとめたところで惟道のことは何となくわかったが、それで捨吉が浮上するわけでもない。
 はた、と気付けば、最早捨吉は深海魚だ。
 人の深い心の動きを感じ取れるのであれば、あきの心をそれほど捨吉が占めているわけではないということで、なおさら駄目ではないか。

「うーんとうーんと。いやその、あきちゃんもちゃんと、あんちゃんのこと好いてるよ? 前にもちゃんと、惟道くんに『彼氏がいる』って言ってるし、今回も、ちゃんと断ったんでしょ?」

「断る前に、ゆいさんがショックを受けて、それどころではなくなったんだよ」

 暗い声で、捨吉がぽつりと言った。
 そういえば、そもそも四人でいたはずの捨吉らが、二人でここにいる元々の理由をちゃんと聞いていないような。

 深成と真砂が顔を見合わせると、先に事情を聞いていたのだろう片桐が、二人のほうに身体を寄せた。

「あの子があきちゃんに、皆の前で自分にしないかって言ったらしいわねぇ。あきちゃんのお友達も、まぁあの子にはっきりした答えを求めようとしたようだけど」

「え、えっと?」

 あまり泥沼を知らない深成が、困った顔でこめかみに指をあてて考える。
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