小咄
「つまり、ゆいが惟道に、はっきりと自分を彼女にしろ、と迫ったから、惟道はあきがいいと言って逃げたってことか?」

「逃げたわけではないですが。単に、あの女子よりもそっちのほうが良かっただけ。前にも言った通り、俺からするとその女子が駄目なのであれば、次点があきさんだった、ということかな」

「で、あきであれば押せば落ちると思って、お前も行動に移したわけか」

 真砂の言葉を受け、惟道がこくりと頷く。
 その後の空気を想像すると、なかなか恐ろしい。
 激昂型のゆいだから、飛び出すまでに何らかのやり取りはあっただろう。
 その場にいなくてよかった、と、深成は心から安堵した。

「で、あれはどういうことなのか。何故あの女子があんなに怒るのだ?」

 いかにも解せない、という風に、惟道が首を傾げた。
 ふぅ、と片桐が、大げさにため息をついて見せる。

「あのねぇ。そりゃ告白したのに断った挙句、その口で横の違う子に告白されちゃ、堪ったもんじゃないわよ。しかもお友達よ? あんたもそこは考えてあげなきゃ」

「時間を置いて、どうなるものでもあるまい。友達だとか彼氏だとか、人というのは気にするところが多すぎるのではないか?」

 まるで自分は人ではないような言い方だ。
 この考え方に共感できるのは真砂だけだろう。
 真砂の考えを、究極まで突き詰めればこういうことだ。

「いっそ羨ましいほどの合理主義だな」

 ぼそ、と真砂が呟いた。
 究極の合理主義と言えなくもない。

 皆が呆れていると、妙な空気を読んだかのように電子音が響いた。
 聞き覚えのある電子音だ。
 惟道がポケットから携帯を取り出した。
 画面に指をスライドした途端。

『こりゃっ! 惟道、一体いつまで遊び歩いておるのじゃっ! 社会勉強のためにバイトも許したというに、こうも毎日ほっつき歩いておると、おぬしの中などあっという間に黒くなるぞ!』

 いつか聞いた甲高い声が響く。

「丁度良かった。ちょっと俺では理解できぬ事態になっておるのだが」

 きゃんきゃんと怒鳴る電話の向こうに驚くことなく、惟道が淡々と今の状況を話し出した。

「前に話した同じ課の女子が、俺を彼氏に据えようとするので、俺はこっちのほうがいいのだが、と隣の課の女子に言ったのだ。彼氏がいるようだが、俺にせぬか、とな。そしたら同じ課の女子が怒りだしたわけだが、どういうことだ」

 合理主義者の説明は簡潔だ。
 実際にはそれぞれの間に(特にゆいが飛び出すほど怒るまでに)もうちょっとやり取りがあっただろうに、そういうおそらく感情面が、ばっさり抜け落ちている。

『阿呆かおのれは。彼氏から寝取ろうなどとするな、汚らわしい』

 電話の向こうの姉も、この説明に何ら疑問を呈することなく即答する。
 こういう話はもうちょっと深く事情を聞こうとか思わないのだろうか。
 普通に聞いたら結構疑問だらけの説明だと思うのだが。

「寝取ろうなどとは思っておらぬ。ただ一人に決めたほうがいいらしいから、それに従っただけだ」

『その者に彼氏がおるなら、自動的に対象外じゃ』

「彼氏がおっても、他に行く女子もおるぞ」

『そのような軽い女子、信用ならん』

 大体、と電話の向こうの姉の声が、少し殺気を帯びる。

『おぬしがそういう気持ちの持ち主だとは。宮にもそういう気持ちを向けるとどうなるか、わかっておろうな?』

「宮には章親がおろう」

『でもおぬしは彼氏がおっても寝取るような奴なのじゃろ。だったら章親とてうかうかしてられぬ』

「章親に対して、そんなことはせぬ」

『何故じゃ?』

「そのようなことをすれば、章親が悲しむではないか」

『そこじゃ』

 しゃらん、と電話の向こうから、前も聞こえた澄んだ音が聞こえた。

『そういうことをすると、章親が悲しむ。そこがわかるのであれば、人から寝取るなどすればどうなるか、わかるであろう』

 ん、と惟道が口を噤んだ。
 どうやらこの姉も結構な変わり者のようだが、惟道の性格をよく知っているようだ。
 家族ではないようだが、一緒に暮らして長いのだろうか。
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