HAIJI


 目の前の垂れ目が、ニコリと笑った。


「難しいことは考えなくていい。ササライは、今ここで生きることだけを考えたらいい。そのためには何でもするから」


 暗闇の中でもキラリと光る瞳。
 それは絶対的な揺るがないものは何だろうか。
 ハイジであることになんの戸惑いも悲観もない。
 諦めでもない。
 運命を呪ったことがないのだろうか。
 俺は、こんな目は見たことがなかった。
 スラムの外という、恵まれた場所でさえ。









 ナナタがもって来たのは塩気のあるお粥だった。
 温かく、湯気が立っている。
 量も多くない。
 ナナタの顔を歪めなくて済むことにホッとして、それを口にした。


「ありがとう」


 頭を撫でると、ナナタは嬉しそうに笑った。


「ナナタはご飯食べたのか?」
「うん、今日はご馳走だったんだ。ヤマトが来たから。ユキノが僕の好きなミートスパゲティも作ってくれた」
「そう」
「ササライは何が好き?」
「俺?」
「うん。僕、ユキノに教えておいてあげる!」


 ニコニコと笑うナナタに、俺は頭を捻る。
 ここで作るのが可能なものを思案する。


「……ポテトサラダ…」
「ポテトサラダね!わかった!今度作ってもらえるように頼んでおくね!」


 新たな使命を与えられたように、ナナタは誇らしげに胸を張った。


「だから、早くここに慣れてね」


 他意なく純粋に向けられる視線。
 俺はなんとなく曖昧に笑うことしかできなかった。

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