魅了たれ流しの聖女は、ワンコな従者と添い遂げたい。

マーベルシアの魔女

 アイリ様を抱えたまま森の中に駆け込み、後ろの騒動が遠くなってきたころ、俺は叫んだ。

「マーベルシアの魔女! 弟子のオランが危機に面しています! 助力を!」
「マーベルシアの魔女さん、お願いです。私たちを助けて!」

 アイリ様も可愛らしい声をあげる。
 だが、なにも起こらない。
 もう一度、口を開きかけた時、ぶわっと風が吹き、溜め息のような声が聞こえた。

『やれやれ、オランはいつまで経っても不肖の弟子だね』

 それとともに、目の前に突然、道ができた。
 鬱蒼とした木々が意思を持って道を開けたかのようだった。

(ここを進めということか?)

 恐る恐る道に分け入っていき、ふと後ろを振り返ると、もうそこに道はなかった。
 前に進むしかないようだ。

「カイル、自分で歩くわ」

 アイリ様に言われて、そっと地面に下ろす。
 そして、また手を繋いで道に沿って歩き始めた。
 木々がせり出して生えていて、むせ返るほどの緑に囲まれ、空気が濃いような気がする。
 ほどなく苔と蔦に覆われた年季の入った家が見えてきた。

「ここが魔女さんの家かしら?」
「そうですね」

 とりあえず、背中にアイリ様を隠して、黒ずんだ木の扉をノックしてみる。
 ギィッと音を立てて、ドアがひとりでに開いた。
 中から薬のような草のような謎の匂いが漂ってくるが、薄暗くてよく見えない。
 
「魔女さん、失礼します」

 俺の背中からひょこっと顔を出したアイリ様が中に入っていこうとされたので、慌てて手を引き、先に入った。
 目が慣れてくると、すり鉢やら草やら瓶やら雑多なものが乗った大きな木の机があり、その向こうの揺り椅子に高齢の女性が腰かけていた。

「こんにちは。あなたがオランの師匠の魔女さんですか?」

 ペコリとお辞儀をして、アイリ様が問いかけると、億劫そうに女性はうなずいた。
 ここまで高齢だと王宮まで呼び寄せるのが難しいというのもわかる。

「私、アイリと言います。こちらが従者のカイル。オランと一緒にここまで来たのですが、今、オランが大変で……」
「それはもう大丈夫だよ。まもなくオランもここに来るはずだ」
「よかったぁ。ありがとうございます!」

 手を合わせて喜ぶアイリ様に目を細める。
 気がつくと、魔女も同じような表情でアイリ様を見ていた。

「ずいぶんと心のきれいな子だね。聖女とはお前か?」
「浄化能力があるだけで聖女と言われていますが、魅了魔法のせいでなんの役にも立てなくて……。この魅了を治してもらえますか?」

 アイリ様がすがるように魔女を見た。
 あのオランの師匠で強大な力を持つという魔女なら、アイリ様の魅了も抑えてくれるに違いない。
 期待して見ていると、魔女はアイリ様を手招きした。

「オランからの手紙で事情は知っているよ。こちらに来て、座りなさい」

 魔女の横に、椅子を置いて、アイリ様に座っていただくと、魔女がアイリ様の手を取った。
 魔女のシワシワな黄土色の手とアイリ様の瑞々しい白い手とのコントラストがすごい。
 なにかを確かめるように半眼になって集中する魔女を、俺たちは固唾をのんで見守った。

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