いとしいあなたに幸福を

03 雲翳-うんえい-

「かあ、さん」

厘が運び込まれた病室に足を踏み入れると、鋭い眼差しがこちらを向いていることに気が付いた。

「周…その呼び方は止しなさいと何度言ったら解るの…?」

幾度となく聴かされた苦言に、ぞくりと背筋が凍る。

こんなときでも貴女は、母と子として接することを許してくれないのか。

「…母上。出先でお倒れになられたと知らされ、周めは飛んで参りました。お加減は如何でございましたか」

当て付けのように多少仰々し過ぎる言葉を掛けると、厘は小さく溜め息を漏らした。

「大したことはありません。…まあ、左手に少し違和感が残るくらいかしら?美月もこの程度で慌てるようでは、まだ未熟ということね…」

「美月はまだ十二です、年端の行かぬ者に多くを求めてはあまりにも酷ですよ」

周の苦言に、厘は眉根を寄せた。

「周…お前はまだ甘いようね。部下を育てるには厳しさも必要よ」

「母上のやり方では、時に厳し過ぎることもあります…!部下は自分の道具ではない、美月は母上を心配して、俺のことを呼びに来てくれたのですよ?」

寝台に身を預けていた厘は、上体を起こすと刺すような視線で周をねめ付けた。

「…周。お前は一体、何をしに此処へ来たの?私と口論をするため?だったら時間の無駄よ、早く此処から立ち去りなさい」

「違います、俺はっ…」

自分も美月も、ただ貴女が心配だっただけ。

なのにどうして。

どうして解ってくれないんだ。
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