捨て猫にパン
「もう大丈夫だよ」


それでもまだ気持ちがおさまらずに、今度は男の人に握られた左手首を振りほどき、手の甲をがむしゃらに噛む。


その手も隣の男の人に解かれて、優しい温度に介抱される。


バラバラだった車内のワイパーの音、少し感じる隣の呼吸、包んでくれる手のぬくもりが少しずつまとまり始めて、あたしの中にスッ…と入ってくる。


浅く激しく嗚咽を繰り返してた気持ちが、なんだか少し楽になったような気がした。


涙も。


少しだけ減って。


噛んだ両手の甲の痛みにやっと気づき始めた頃、雨の中のタクシーは、見慣れたアパートの前で停車した。


料金を払おうと鞄をあさる手より先に、男の人が、


「お釣りはいいです。次、またさっきの駅まで折り返しお願いします」
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