過ちの契る向こうに咲く花は
「それはお前を選んだ理由か」
「ええ、まあ、そんなところですかね」
「……言わねばならんか」
 妙なところで淀まれた。え、ここ? と思わず口にしそうだった。
 思わずまじまじとその顔を見てしまう。相変わらずのポーカーフェイスには違いなかったが、腕を組んで指を顎先にあて、なにか考えているみたいだ。

「……なにかまずいことなんでしょうか」
 そんな理由想像できないけれど。実は祖父や父を苦しめた私の父への復讐だった、とかだろうか。
「いやまずくはないんだが」
 の割には顔が明るくない、気がする。
「むしろそういう態度を取られると気になるんですが」
 適当にはぐらかされたならともかく、意味ありげな雰囲気。
 私のことばに伊堂寺さんは深くため息をついた。

「ふたつある。ひとつめは鞄の下にハンカチを敷いたことだ」
 意を決したように喋り出したが、予想外な答えが返ってきた。いつやったっけ、とさえ思ってしまったが、たぶんやるとしたら無理矢理ここに連れ来られた日のことだろう。
 鞄は外であちこちに置いているのだから、椅子の上や室内ではハンカチを敷きなさい、という母の教えを実践していただけだったのだが。鳴海さんの言っていたことが遠からずでそれもまたすこし驚いてしまう。
「それだけのことで」
「それだけかもしれんが、ひとつの動きで大体がわかることだってある」
 このひとは自分の理論が確立してるのだな、と改めて知る。

「もうひとつは、たぶんまた怒られそうなんだが」
 続いた前置きに、私はどんな顔をしろというのだろうか。怒ること前提ならば怒らねばならないのか、そんなことありませんよって仏心を見せねばならないのか。
「どういう人間に育つのだろうか、と興味があった」
 私の相槌を待たずして出てきたことばに、怒りも仏心も出てこなかった。むしろクエスチョンマークが咲く。

 それは伝わったのだろう、伊堂寺さんは諦めたように息を吐いて、話し出した。
「情けない話だが、俺はずっと父の……家の言いなりだ。優秀で人柄も良い兄とは違い、無愛想で人をまとめる力もない。自分のことは自分が一番わかっている。だから無駄に反発することをやめ、ずっと言われた通りやってきた」
 ただ始まったのは自分の話だった。かと言ってつっこむところでもない気がする。私にはわからない世界だし、兄弟もいないからそういう優劣に伴うコンプレックスもわからない。
 
< 116 / 120 >

この作品をシェア

pagetop