過ちの契る向こうに咲く花は
「野崎のことを調べて、自分の家に反発した、きっぱり自分の意見を言った女性がいたと知った。そしてその女性が育てた人間はどんな人間だろうと、興味が出た」
 それはまた、予想外な答えだった。そして両方とも母がいなければなかった理由だ。
 なんか、ちょっと脱力してしまう。
「というか、その」
 母のことは好きだし尊敬している。けれどなんというか、と新たな感覚を感じていたら、まだ話は続くらしい。またしても言い淀む伊堂寺さんに無言で続きをうながしてみる。

「そういう人間といたら、すこしは影響を受けないだろうかと」
「……ん、え?」
 思わず声に出してしまった。
 つまり、つまりだ。
「伊堂寺さん、自分を変えたかったんですね」
 ざっくばらんに言うとこうでなかろうか。

 伊堂寺さんのポーカーフェイスに拍車がかかる。間違いではないけれど、認めるのも、という感じだろうか。
 気持ちはわかる。自分を変えたいって思うのは自然でも、いざ変えようとするのはすごく勇気がいるし、付随してくるいろんなものがある。ついこの間の私がそうだ。

「そう、ですか。そう、でしたか」
 おかしいわけではないのに笑いがこみあげてくる。馬鹿にしたいわけでもない。伊堂寺さんにはこの気持ちが伝わらないかもしれないけれど、どこか安堵した気持ちにも似ていて我慢する気になれない。

「結果、どうでした、私って」
 声に出して笑っているのではないけれど、伊堂寺さんも気持ちの良いものではないだろう。ただそれまでの負い目を感じているのか、怒ったり止めたりする気配はない。
「……特別、なにかあるわけではなかった」
 はっきり言ってくれる。でも今はそれがありがたい。
「ですよね、そうです。私もそう思ってます」
 だって、伊堂寺さんも案外、私と変わらなかったんだなと気づいたから。

「私だって自分に悩んで、うじうじして、もがいてやっと半歩ぐらい進むようなものです。母になんか到底及びません」
 その母もどうだっただろうか。私の前では気高く強い母だった。でもほんとうのことはわからない。結婚目前に恋人を亡くした哀しみは、どこにしまっていたのだろう。
「すみません、力になれなくて」
 ようやくこみ上げていた笑いが落ちついた。
 
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