過ちの契る向こうに咲く花は
 残りの紅茶を飲み干す。ほとんど冷めてしまっていたけれど、とても満足した一杯だった。
「そうでもない」
 ああ、これで最後がいいんだろうな。そう思っていたところに伊堂寺さんの声が響く。
「たとえ半歩でも、野崎、お前は進んだんだ」
「周りに押されてようやく、といった感じでしたけれど」
「押してくれる奴が周りにいるのも、人徳だろう」
 そうなのだろうか。今回はどちらかといえば原因は目の前のひとにあると思うのだけれど。

「俺はそれがうらやましいし、その力が欲しい。だから」
 伊堂寺さんの表情に少々気合いが入って怖くなる。
「正式に婚約者としていて欲しい」
 その迫力に気押されて、思わず頷きそうになってしまった。が。

「え、あの」
 どういうことだ。というかどういう流れだ。そういう話をしていたんだろうか。いやその前に今言ったことをそのまま受け取るとどういう意味になる。
「ちょっと待ってください。ええと、つまり?」
 語尾をあげて聞き返したつもりだが、伊堂寺さんには切り捨てられたらしい。口を開かないどころか、眉ひとつ動かさない。

「え、あの、すみません、自惚れたらいけないですよね」
 だが私の理解力のなさにはさすがに呆れたらしい。あてつけのようにため息をつかれる。
「盛大に自惚れろ」
 さらにそんなことばを頂戴してしまう。

 つまり、つまりだ。
「ものすごく遠回りというか、あらぬ方向からというか、よくわからないんですが告白されたということですよね」
「まあ、そうなる」
「いや伊堂寺さん、もうちょっと直球にしましょうよ。というかその一言でいろいろ解決すると思うんですけれど」
「ということはお前、俺が好きだからだと言えば今までの諸々を全部許せるということか」
「え、そう……なりますか」
「なるんじゃないか」
 ということはどういうことだ。

「いやそれにしてももうちょっとこう、話のしようがあるというか」
「手持ちのカードが増えて良かったじゃないか」
「なんのカードですか」
「苦手なんだ、こういうことは」

 どうしてこうなった、とため息が出てしまった。
 伊堂寺さんにもしっかり見られていて、さすがに眉をひそめられる。
「すみません」
「で、返事は」
 そう言われても、かつて見た有無を言わさない雰囲気が漂い始めて、どうしたものかと。
 
< 118 / 120 >

この作品をシェア

pagetop