過ちの契る向こうに咲く花は
 まさか、の展開には間違いない。加えて私自身、そんなこと考えたこともなかった。私には一生縁のない世界だと思っていたし、期間限定の偽物だからと割り切っていた。
 嫌なのか、と問われると否定も肯定もできない。他に恋人や好きな人がいるわけでもない。毛嫌いするほど苦手な相手でもない。
 だけど安易に答えていい問題なのか、と悩んでしまう。

 そもそも好きなのだろうか。男として。
 きっと申し分ないどころか私にはもったいないぐらいのひとなのだろう。たぶん断るほうが馬鹿だと言われかねない。
 それでも自分の気持ちを優先してみたい。

 ……それがわからないから困っているのだけれど。保留、って聞きそうにもないし。
 そこまで一瞬で考えて思い出す。あの話はまだきっと生きているはず。

「伊堂寺さん、私への対価の話、覚えてますか」
 婚約者と偽ってこの部屋に住むときに決めたルール。デメリットしかない私に支払われる対価は、私が自由に決めて良かったはずだ。
 伊堂寺さんは「ああ」とだけ答えた。表情は変わらないのでなにを考えているかは読みとれない。
「では今すぐ、同居を解消してください」
 思い切って言ってみる。

「それは断るということか」
 まだ表情を変えない。すこしぐらい困ったり焦ったりしてくれても良いのに。期待するだけ無駄だけれども。
「今のままでは、きっと前に進まないと思うんです」
 はっきりした返事は遠慮しておいた。違う、と言ってしまえば押し切られそうだったから。

「だから仕切り直し、というか」
 このままなし崩し的に事を進めるのは、ちょっと嫌だなと感じていた。向こうはわかっていても私は好きかどうかはっきりしない。そんな曖昧な気持ちでいけば、そのうちなんとなく流され、なんとなく展開し、なんとなく納まってしまうかもしれない。
 無論、それが悪いとは言わない。その途中で気づくことも、やっぱりダメだと思うこともあるだろう。
 ただ私たちは、始まりがあまりにもあれだから。
「改めて……ちょっと離れて、伊堂寺さんのことを見てみたいです」

 まったくもって予想していない方向へ進んでしまった。そもそも伊堂寺さんに好かれているとも思っていなかった。今日は一日でいろいろありすぎたと思う。
 そんなに、悪い気はしないけれど。
 
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