過ちの契る向こうに咲く花は
 そして新しい靴と鞄を買う。
 春だし、脚を出すと靴もしっかり見えるし、これは長い時間をかけて選んでみた。最終的に選んだのは、落ちついたワインレッドのパンプスとダークブラウンの革の鞄。ちょっと靴は冒険し過ぎたかもしれないけれど、怒られたらまた別のを買えばいい。

 本当は化粧品も新しいものを買い足したかったけれど、さすがにこれぐらいが精一杯だろうと予定には入れていなかった。もちろんそれで正解で、鞄を買い終えたときには早く帰ってお風呂に入りたいなどと考えていた。
 地味な色のアイテムしかない。でも、大好きな香水は持っている。だからしばらくはそれでいいんじゃないかと思う。

 両手に紙袋を携えて電車に乗る。頭も軽く感じてしまう。
 だからそれがなんかもどかしくって、いつも乗る電車は休日で賑わっていて、その中に自分も入っているのだなと思うとはがゆくって。
 今日の服装は地味なのに、化粧もほとんどしないで出かけたのに、どこか気持ちが違っていた。

 部屋に戻ると玄関の灯りだけが点いていた。しんと静まるキッチン。冷蔵庫にメモが貼ってある。
『今夜は帰らない。すまない』
 きれいな字。すまないなんて思う必要もないだろう。私も責める気なんてない。
 ちょっとだけ、期待したけれど。髪を切ったことを驚かれるかな、なんて。

 部屋に荷物を置き、食事前にシャワーへと向かった。熱いお湯が気持ち良い。髪を洗おうとしていつもの場所にないことに驚いて、思わずひとり笑ってしまった。
 その日の夜はすごく気持ち良く眠れた。ふかふかのベッドにどこまでも沈んでいけそうだった。

 次の日、久しぶりに寝坊した。気づいたら午前十時。日曜だから構わないけれど、せっかくの休みだからもったいない。
 慌てて起きて眼鏡を探す、そして思い出して頭を触った。まだ慣れない。当分、慣れない。
 それぐらい、あの生活は長かったししみついているだろう。

 とりあえず顔を洗って朝ご飯にしよう。そう思ってドアを出たところで伊堂寺さんに出くわした。

 出くわした、と言ってもここは彼の家だからいて当たり前。昨夜は帰らなくても今日は既に日が昇っている。
 ただ私の部屋の前にいるとは思わなんだ。
 
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