ロスト・クロニクル~前編~

 エイルはその笑い声を聞きたくないと、両手で耳を覆う。アルフレッドの笑い声は半端な予想以上の音量で、耳を覆っても聞こえてきた。これ以上、この声を聞いていると気分が悪くなってしまう。そう判断したエイルは、ハーマンに馬車を止めるように命令を下した。

 馬車が止まったことに、アルフレッドは左右に視線を走らせる。そして一言「出発しよう」と提案するが、出発することはない。何故なら、アルフレッドとお別れをしないといけないからだ。

「な、何を!」

「此処で、降りてもらいます」

「一緒に行く約束じゃ」

「街の入り口まで、連れて来ましたよ。これ以上は、一緒に行くことはできません。乗せただけ、感謝してもらいたいです。本当でしたら、貴方のような人物とは付き合いたくありません」

 そのように言いつつ、エイルはアルフレッドの荷物を馬車の外へ出していった。その扱いは、乱暴そのもの。それに続き放り、全ての荷物を地面に叩きつけていく。刹那、荷物が散乱した。

「ああ、何てことを――」

「きちんと、整理をしていなかったからですよ。適当に入れていますと、このようなことになります」

「そ、そうだけど……」

「言い訳は、無用です」

 エイルの迫力に負けたアルフレッドは、何も言えなくなってしまう。ただ散乱した荷物を拾い、懸命に詰め込んでいく。しかしエイルは、手伝うことはしない。馬車が止まっている場所は街の出入り口なので、長い時間の停車は邪魔になってしまう。その為、アルフレッドを見捨てた。

 周囲に響き渡る、アルフレッドの叫び声。だが、今度は馬車を止めることはしない。これ以上の付き合いは無用であり、関係を持ちたくなかった。そう思わせるほど、灰汁の強い人物だ。

 エイルは静かになった馬車の中で寛ぐが、耳にはいつまでも馬鹿笑いの声が響いていた。あの声は、気分を著しく害する。姿が見えなくなったというのに、精神ダメージを与え続けるとは侮れない。確か、親衛隊を目指していると言っていた。つまり、同業者になる可能性が高い。

 そのことを思い出した瞬間、エイルは顔を歪ます。試験に合格――という可能性は低いと思われるが、この世界には“奇跡”という言葉が存在する。あのラルフがメルダースの進級試験に合格したのだから、油断してはいけない。そうなると、下手したら一生の付き合いになってしまう。
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