ロスト・クロニクル~前編~
更に、二度目の悲鳴がこだます。
次は、何処を噛まれたというのか。
太い枝もへし折る強靭な顎。
ラルフが無事に生還することを祈ってしまうが、この調子だとその可能性も低いと思われる。
嫌われたということを知っていながら、何故フランソワーのもとに行くのか――
普通の感覚の持ち主でないラルフならではの行動だと考えられるが、馬鹿としか言いようがない。
あのように嫌われ拒絶反応を見せられた時点で、近寄ろうとは思わない。
それでも多少の愛情が残っているのか、ラルフは愛すべき彼女を救いに向かうが結果はこのようなもの。
「話は変わるが、君宛に手紙が届いている」
机の引き出しを開け、厳重に封が施された手紙を取り出す。
エイルはそれを受け取ると取り差出人を確認するが、裏面には何も書かれていない。
だが、何となく差出人がわかっていた。
このような形で手紙を出すのは、一人しかいない。
それに、これを出す理由さえも――
「久し振りです。このように、手渡されるのは。確か以前は、昨年……そう、進級が決まった時でした」
「君にとっては、嬉しい手紙ではない」
「そうですね。できれば……」
通常生徒ひとりひとりに送られてくる手紙は、まとめて寮に配達される。
そのようにして一箇所に集められた手紙は、一枚一枚を寮の管理人が各部屋に配っていくというのがこの学園のやり方であったが、個人的な――
特に重要な手紙の場合、このようにコッソリと送られる。
そしてエイルは、その回数が多かった。
しかしジグレッドは、そのことを咎めることはない。
「内容は、わかる気がします。ですからこれに書いてある内容が、普通のものであってほしいです」
「何かあったら、わかっているな?」
「……はい」
「このことは、学園長も心配している」
「お心遣い、有難うございます。そう、お伝え下さい。それに、過去は過去です。今更、それを変えようとは思いません。いえ、変えることができるのなら……それが、望まれることであったとしても。しかし僕は僕ですから、それに縛られて生きていくことは……今更、何になるのか」
エイルの発する言葉のひとつひとつに、重みが感じられた。
この学園で普通に生活を送っている者達とは違う一面が見え隠れし、独特の雰囲気を漂わせていた。
エイルが抱く心情を感じ取ったジグレッドは、優しい笑みを浮かべると「気を楽にした方がいい」と、返す。