ロスト・クロニクル~前編~
「そうですね。そうします」
「残っている時間を、有意義に使うがいい。それに、学べる時に学んでおいた方がいい。知識は荷物にはならない」
「その学ぶにことに関してなんですが、その……セリア先生に、用がありまして。今から行こうかと……」
「セリア教師なら、急用で学園を離れておる」
「そうでしたか。明日でもいいかな」
早めに報告しておきたい事柄であったが、いないとなれば仕方がない。
すると困ったような表情を浮かべているエイルに、ジグレッドは代わりに彼女に伝えておいてもいいと言い出す。
「で、ですが……」
「何、たいしたことではない」
「それでしたら、お願いします。フランソワーに……いえオオトカゲに、セリア先生に提出しないといけないレポートを食われまして、その期限が明日だったりします。その……セリア先生に何と言っていいか……本当は、書き直せばいいのです。ですが、時間が全く……」
はじめからエイルが言いたいことがわかっていたのだろう、ジグレッドの表情は意外に冷静だった。
起こるべきして起こったということか。
いや、普通に考えれば今まで何もなかったことが奇跡に近い。
人的被害を齎したわけではないが、フランソワーの行動は少々問題があった。
そうジグレッドが意見すると、エイルは同意するかたちで頷く。
メルダースは知識を得る学び舎であって、動物を飼育する場所ではない。
それを見事に破っているラルフに、同情の余地などなかった。
「ひとつ質問がございます」
「何だね」
「何故、ラルフを退学にしないのですか? 退学にする理由は、あると思うのです。それに、在学させておけば……」
「それは、学園長が決めることだ。機会があったら、聞いてみるといい。適切な答えを得られるかは、わからないが」
何か困った理由がそこにあるのか、ジグレッドの表情は優れなかった。
寧ろジグレッドを含め多くの教師はラルフを退学にしたいと思っているが、あの学園長命令、従うしかない。
その時、学園に響く三度目の悲鳴。
その後に聞こえたのは鈍く、硬い物がへし折られたような音であった。
その音に、エイルの額に汗が滲み出る。
ちょっとやそっとでは壊れないラルフだが、流石に鈍い音は危険だ。
そう判断したエイルは、コホンと咳払いをしていた。