ロスト・クロニクル~前編~
「そろそろ危険なので、様子を見てきます」
「うむ。レポートの件は、私から話しておこう」
「有難うございます。では、僕はこれで」
ポケットに手紙を突っ込むと深々と一礼を残し、ジグレッドの私室を後にする。
その後姿を見詰めるジグレッドは気丈なエイルに同情するも、言葉を掛けられない。
それだけエイルの内情は複雑だった。
エイルは部屋から出ると真っ直ぐ図書室に向かおうとしたが、悲鳴を聞きつけ集まってきた生徒の数に驚く。
一体、何人が――
そう思ってしまうほど、廊下は人で埋め尽くされていた。
懸命に人垣を掻き分け、何とか図書室へと向かう。
そして肩で息をしながら図書室へ入った瞬間、真っ先に目に飛び込んできたのは、哀れとしか言いようのないラルフの姿であった。
エイルはラルフの傍らにしゃがみ込むと、無言のまま気絶するラルフの頬に平手打ちをした。
容赦ない攻撃に集まっていた生徒達が一瞬引いてしまうが、相手がエイルだとわかると納得した表情へ変化していく。
其処からわかるのは、日頃の二人の関係の認知度であった。
ラルフという生徒を押さえつけられるのは、エイルしかいない。
いつからそう言われるようになったのかは不明であったが、エイルの登場に何故か生徒達が盛り上がる。
その盛り上がりを背に受け、エイルの心情は複雑そのもの。
それに平手打ちをしても起きないラルフに、次はどうすればいいかわからない。
見れば、噛まれた痕がきっちりと残っていた。
聞こえた悲鳴は三回。
そして噛まれた箇所は、左腕と右足と尻。
しかしこの箇所を噛まれたくらいで、ラルフが気絶するのはおかしい。
首を傾げ何が起こったのか悩んでいると、フランソワーがゆっくりと近付いてくる。
尻尾を振り愛想を振り撒く姿は可愛らしいと思うが、後方で見学している生徒達から悲鳴が上がった。
やはり、オオトカゲ。可愛い生物とは分類されることはないが、このような姿を見ていると「可愛い」という感情が生まれてくる。
やはり懐かれると、それなりに愛情が湧いてくのだろう。
「ああ、そうか」
その時、ラルフが気絶した原因が判明した。
それは、フランソワーの尻尾で後頭部を殴られたのだ。
それなら、もう一度同じことをすれば目覚めるだろう。
そのように結論付けたエイルはフランソワーを呼ぶと、ラルフの頭を殴るように命令する。
無論、其処に容赦など必要ない。